播磨屋ゆかりの俳優が奮闘! 『秀山祭九月大歌舞伎』昼の部観劇レポート
昼の部『ひらかな盛衰記 逆櫓』(左より)畠山の臣=中村吉之丞、船頭松右衛門実は樋口次郎兼光=松本幸四郎、駒若丸=中村秀乃介、船頭権四郎=中村又五郎、およし=中村雀右衛門、畠山重忠=尾上松緑、畠山の臣=市川男寅、大谷廣太郎、澤村宗之助
2026年9月2日(水)に歌舞伎座で、『秀山祭九月大歌舞伎』が開幕した。『春調娘七種』、『三社祭』、そして『ひらかな盛衰記』「大津宿屋」「笹引き」「逆櫓」が上演される昼の部をレポートする。
一、春調娘七種・三社祭
春調娘七種(はるのしらべむすめななくさ)
旬の花形俳優が、幕開きを飾る。曽我五郎に市川染五郎、曽我十郎に市川團子、静御前に尾上辰之助。「曽我物語」の主人公である十郎・五郎兄弟と、『義経千本桜』の静御前。曽我兄弟と静御前という別の作品に登場する人気者が一緒に踊る楽しい演目だ。
舞台には長唄の演奏家たちが並び、遠くには富士山がそびえている。3人がせり上がりで登場すると、客席は大きな拍手で迎えた。染五郎の五郎は、顔も踊りも、彫りが深かった。血気盛んな役柄が、舞踊の中でドラマティックに息づいていた。辰之助は3度目の本作出演であり、静御前は2度目。赤い着付の可憐な姿と、大人びた落ち着きのギャップに色気が滲み、何度もうっとりさせられた。團子の十郎で印象的だったのは、扇を手にした舞。扇と長身の身体、さらに長い裃の先まで、ひとつにつながったような美しさをみせた。十郎の清廉さを体現するようだった。
昼の部『春調娘七種』(左より)曽我五郎=市川染五郎、静御前=尾上辰之助、曽我十郎=市川團子
辰之助が20歳、染五郎が21歳、團子が22歳。同世代の3人が、歌舞伎の舞台で揃うのは本作が初めて。この先、どんな共演をみせてくれるのだろう。50年後だって様々に共演しているに違いない3人の、最初の一作をぜひ楽しんでほしい。
三社祭(さんじゃまつり)
浅草近くの宮戸川(現在の隅田川)で、漁師の兄弟が漁をしていたところ、投網に観音様がひっかかった。これをご本尊さまとして祀ったのが浅草神社のはじまりだと伝わる。その漁師の兄弟を、実の兄弟である中村歌昇・中村種之助が踊る。
昼の部『三社祭』(左より)善玉=中村種之助、悪玉=中村歌昇
舟の上に立ち、背中を向けてふたりは登場。ふり向いた歌昇は、顔だけでも、すでにわんぱく。思わずこちらも笑顔になった。種之助は、白塗りの顔ですっきりと粋だった。やがて黒い雲があらわれて、ふたりに善玉と悪玉が乗り移る。悪玉に歌昇、善玉に種之助。肌を脱いでからは、勢いと賑やかさを増す。悪玉が熱く重くエネルギーを発散すれば、善玉は柔らかくみえて切れ味抜群の伸びやかさで応じる。持ち味の違いが、踊り比べのようなライブ感を生んでいた。
二、ひらかな盛衰記(ひらがなせいすいき)
「秀山祭」は、初世中村吉右衛門の芸を顕彰し受け継ぐべく、2006年より行われてきた9月の恒例興行だ。2021年に亡くなるまで、二世吉右衛門が牽引し、その後もゆかりの俳優たちによって、ゆかりの演目が上演されている。『ひらかな盛衰記』のうち「逆櫓(さかろ)」も、初世、二世の吉右衛門の当たり役だ。この度は、二世吉右衛門の甥の松本幸四郎が、船頭松右衛門実は樋口次郎兼光を、初役でつとめる。
歌舞伎座では58年ぶり「大津宿屋」「笹引き」
源平が争う時代。木曽義仲が討ちとられた後も、義仲の奥方・山吹御前(上村吉弥)や義仲の子・駒若丸(中村秀乃介)は、源氏方から命を狙われていた。腰元お筆(八代目尾上菊五郎)は、父・隼人(中村錦之助)とともに御前と若君を守り、追っ手から逃れようとしていた。そんなお筆たちが、大津の宿屋で、船頭の権四郎(中村又五郎)、娘およし(中村雀右衛門)とその子・槌松と出会う。その晩、番場の忠太(中村萬太郎)が率いる追っ手の襲撃に遭い、混乱の中で若君と槌松は取り違えられてしまう……。
昼の部『ひらかな盛衰記 大津宿屋』(左より)腰元お筆=八代目尾上菊五郎、駒若丸=中村秀乃介、山吹御前=上村吉弥、鎌田隼人=中村錦之助
「逆櫓」の場と比べ、「大津宿屋」「笹引き」は、上演の機会が少ない。歌舞伎では1992年10月の国立劇場以来となり、歌舞伎座では58年ぶり。どちらの公演でも腰元お筆役は尾上梅幸だった。梅幸の孫であり、二世吉右衛門を岳父にもつ八代目尾上菊五郎が、お筆をつとめる。
場面は、宿屋の奥座敷へ。障子が開いた瞬間、お筆の佇まいが、そこに庶民と違う世界があること、そして、ただならぬ事情を抱えていることを一瞬で感じさせた。しかし、身分も境遇も異なる2組の家族は、お土産物の大津絵1枚をきっかけに交流をもつ。偶然にも、どちらにも同じ年頃の男の子が一人いて、ふたりとも父親を亡くしていることが明らかに。気づけば子どもたちは、合わせ鏡のように膝枕で寝てしまった。「おやすみなさいませ」と一度閉じたふすまが、次に開く時、事態は大きく変わっている。
昼の部『ひらかな盛衰記 大津宿屋』(左より)およし=中村雀右衛門、船頭権四郎=中村又五郎
お筆の立廻りは、「笹引き」の大きな見どころ。脇差を抜き、大勢を相手にする。黒い髪は根元を高く結った下げ髪に。黒の着物の片肌を脱ぎ、黒御簾音楽と一体になり踊るように見せる。彼女が若君様を必死に探す声を上げるまで、危険を忘れて見とれてしまった。「笹引き」の呼び名の由来となった場面では、お筆の引きずるような一歩一歩に、悲しみの重さと、それでも若君を探しにいかねばならない使命の重さが重なってみえた。
昼の部『ひらかな盛衰記 笹引き』腰元お筆=八代目尾上菊五郎
幸四郎が大役に挑む「逆櫓」
船頭の権四郎(又五郎)の家では、取り違えられた駒若丸を、我が子同然に大切に預かっていた。およし(雀右衛門)の新しい婿、松右衛門(松本幸四郎)は「逆櫓」を習得したことから、源氏の梶原景時に呼び出される。逆櫓とは、通常は前に進むだけの漕ぎ船を、前後自由に操る特別な技術。水上戦で有利になると期待され、武将たちがその技術をほしがっている。権四郎からその技を習得した松右衛門は、景時から、家臣たちにそれを教えるよう頼まれるのだった。
幸四郎の松右衛門は、爽やかで潮風がよく似合う。花道からの登場におくられた拍手も、波が弾けるように心地よく響く。松右衛門は出世の喜びを語って聞かせ、観客をウキウキとした気持ちに巻き込んでいく。そんな日に、腰元お筆(八代目菊五郎)が若君を迎えに訪ねてくるのだった。権四郎とおよしは、槌松が帰ってきたと大喜びするが……。
「逆櫓」だけを観れば、突然の来訪者に感じられるお筆。しかし客席はすでに知っている。彼女がどれほどの忠義に命を懸け、悲しみを乗り越えてここへきているか。戦乱の世の無常を、権四郎とおよしより、観客が先に目の当たりにする。雀右衛門のおよしは、目に身体に悲しみを湛え、なすすべのなさを無言のうちにも伝え続ける。抗おうとする又五郎の権四郎は、どこまでも人間くさい。声を荒げ、鉢巻きをして息巻く姿は、皮肉にも老いた船頭の非力さを際立たせるばかりだった。
しかし、ここからお芝居は、歌舞伎らしい「まさか」が畳みかける。好青年の婿は、実は木曽義仲の四天王の樋口次郎兼光だった。「イヤサ、かしら(頭)が高い」と言い放った時は、門口の戸を揺らさんばかりの気迫。顔も先ほどまでとはまるで違う。そんな中でも権四郎に向ける家族の情があった。権四郎としての家族の時間も、決して嘘ではなかったのだと思えた瞬間だった。
昼の部『ひらかな盛衰記 逆櫓』(左より)船頭日吉丸又六=市川團子、船頭灘吉九郎作=尾上辰之助、船頭明神丸富蔵=市川染五郎
染五郎、辰之助、團子は、揃って船頭役で登場。これに勢いづいて、遠くにいる大人を子役が演じ、遠近感を見せる「遠見(とおみ)」の立廻りでは、中村種太郎が大きな拍手を浴びる。手負いの樋口による立廻りは勇壮で、悲劇的な状況に胸を締めつけられているのに、船にちなんだ趣向には、思わず「おおー!」と拍手を送った。テンポの良さ、見た目の楽しさ、立廻りの迫力に、畠山重忠(尾上松緑)の品格ある華まで加わって、感情が沈む隙もなく、すべてを抱えたまま幕となった。
昼の部『ひらかな盛衰記 逆櫓』(左より)およし=中村雀右衛門、船頭権四郎=中村又五郎、船頭松右衛門実は樋口次郎兼光=松本幸四郎、腰元お筆=八代目尾上菊五郎、駒若丸=中村秀乃介
この舞台に、木曽義仲は登場しない。しかし樋口の立派さ、お筆の品格、そしてふたりから滲む義仲への揺るぎない忠義が、“旭将軍”と呼ばれた義仲をより眩しく想像させた。幸四郎や八代目菊五郎、播磨屋の俳優たちが、吉右衛門へ向けるリスペクトとも重なって感じられた。この『ひらかな盛衰記』を秀山祭で観られたことに、大きな意義を感じた。
取材・文=塚田史香
公演情報
会場:歌舞伎座
昼の部 午前11時~
一、春調娘七種(はるのしらべむすめななくさ)
三社祭(さんじゃまつり)
〈春調娘七種〉
曽我五郎:市川染五郎
曽我十郎:市川團子
静御前:尾上辰之助
〈三社祭〉
悪玉:中村歌昇
善玉:中村種之助
二、ひらかな盛衰記(ひらがなせいすいき)
大津宿屋
笹引き
逆櫓
〈大津宿屋・笹引き〉
腰元お筆:八代目尾上菊五郎
鎌田隼人:中村錦之助
番場の忠太:中村萬太郎
駒若丸:中村秀乃介
宿屋亭主:市村橘太郎
山吹御前:上村吉弥
船頭権四郎:中村又五郎
およし:中村雀右衛門
〈逆櫓〉
船頭松右衛門実は樋口次郎兼光:松本幸四郎
畠山重忠:尾上松緑
お筆:八代目尾上菊五郎
船頭明神丸富蔵:市川染五郎
同 灘吉九郎作:尾上辰之助
同 日吉丸又六:市川團子
遠見の松右衛門:中村種太郎
駒若丸:中村秀乃介
畠山の臣:澤村宗之助
同:大谷廣太郎
同:市川男寅
同:中村吉之丞
所化雲念:松本錦吾
船頭権四郎:中村又五郎
およし:中村雀右衛門
夜の部 午後4時~
一、雛鶴三番叟(ひなづるさんばそう)
翁:中村魁春
千歳:中村雀右衛門
三番叟:中村萬壽
伊賀越道中双六
二、沼津(ぬまづ)
沼津棒鼻の場
平作住居の場
千本松原の場
呉服屋十兵衛:片岡仁左衛門(Aプロ)
:松本幸四郎(Bプロ)
平作娘お米:片岡孝太郎
荷持安兵衛:片岡松之助(Aプロ)
:中村吉之丞(Bプロ)
池添孫八:中村隼人
雲助平作:中村歌六
※Aプロ(9月2・3・7・8・12・13・16・17・21・22・25・26日)
※Bプロ(9月4・5・6・10・11・14・15・19・20・23・24日)
銘作左小刀
三、京人形(きょうにんぎょう)
左甚五郎:尾上松緑
京人形の精:中村時蔵
娘おみつ実は義照妹井筒姫:尾上辰之助
栗山大蔵:中村吉之丞
女房おとく:坂東新悟
奴照平:坂東亀蔵
奥殿
一條大蔵長成:市川染五郎
吉岡鬼次郎:中村歌昇
お京:中村種之助
鳴瀬:市川高麗蔵
八剣勘解由:松本幸四郎
常盤御前:中村雀右衛門