【スペシャル対談】チャップリンの映画『街の灯』、舞台化の醍醐味とは? 与次郎役(文楽)人形遣い・桐竹勘十郎×トランプ役(バレエ)奥村康祐
ーー『日本振袖始(にほんふりそではじめ)』で勘十郎さんが遣う岩長姫(実は八岐大蛇)が、沢山の壺に入った酒に酔っていくさまは見事でした。
勘十郎:段々、酔いが回っていくのを表現するのが面白いんですよね。奥村さんは、お酒は飲みはるの?
奥村:飲みます。大酒飲みではないですけども。
勘十郎:僕は大酒飲みです。酔っ払いの演技は毎晩しています(笑)。
奥村:いいですね(笑)。お話を伺っていると、よりリアルを心がけるところが、文楽とバレエで似ていますね。一方でバレエは身体を酷使するので比較的早い段階で引退するのですが、文楽はずっと続けてこられているからもっともっと高みにいらっしゃるのだなとも感じます。
ーー長い闘いですよね。すぐにはできないし、ずっと努力し続けて……。
勘十郎:技術の習得には時間がかかりますけども、まず難しいのは、役の性根をちゃんと捉えられているかどうか。それが重要で、プラス技術です。技術者としての意識と役者としての意識が、いつも両方上がってこないと、どちらかだけではダメです。芝居する気満々で人形をもったら動けへんというのでも、人形は動くけれども性根ができていないのでも、どちらもダメ。お客さんに伝えるには両方のレベルが同じように上がってこないと難しいのです。しかも人形の後ろから遣うのでね。若い人は目線がついていないことが多いです。人形としてパッと見た時、実際には見えていなくても人形同士の目が合わないとおかしい。みんなビデオで勉強するのですが、ビデオは前からの映像ですし、やっぱり生の空気が大切なので、本番で勉強しないといけません。
奥村:バレエも全く同じで、そういうところを感じることができる若いダンサーが減ってきています。お芝居の上手さではなく、難しい技という意味での、回ったり跳んだりの技術はできる人が多いのですが、生の感覚というのがすごく薄れてきている気がして。きっと人形でも、見えてないのに見えるということは、どこか相手役と繋がる瞬間があるからこそ、その空気の中でちゃんと目が合うんだと思うんですけど、若いダンサーだと感覚が伝わってこないというか、舞台上で会話ができないことがあるんです。僕の実家がバレエ教室で、子供の頃から映像よりもまず舞台を見てきたから余計にそう思うのかもしれないんですけれども。
勘十郎:文楽も同じです。私らももっと指導せないかんのですけどね。うちの師匠の時代などは、一番厳しい修行の時代で、一回見たら全部覚えろと上に言われたそうです。あの時代の人の記憶力はものすごかったですから。今はもう無理です。
ーー今は録音も録画もできるから、この一瞬にかける集中力が違うということなのでしょうか?
勘十郎:そうですね。僕らが入った時は録音も録画も簡単にはできませんでしたから、とにかく暇があったら舞台を見とけと言われました。生の舞台を見るのと映像で残されたものを見るのと伝わるものが違います。八重垣姫の役を最初にいただくでしょ?「え!? とうとうこの役が回ってきた。初役!」。しかし初役ではないんですよ、人形遣いは。「師匠の足遣いをやってたから覚えてるやろ」って。足や左を経験した役は、初役とは言えない。
奥村:すごいですね!
勘十郎:怖いですよ。そうは言ってもやることは違いますから。
(左から)桐竹勘十郎、奥村康祐
舞台でクローズアップを作りたい!
ーー奥村さんは文楽『まちの灯』をご覧になって、どのシーンが一番好きでしたか?
奥村:全部とても面白かったですし素敵だったんですけど、最後のシーンは完全に映画のチャップリンの表情と同じに見えて、本当にびっくりしました。絶対にバレエにも出てくる場面だと思うのですが、僕はどうやってやればいいのかなと悩んでいる時に人形であれを見せられて、これはもう大変だと思って。次にやるのがプレッシャーです(笑)。
勘十郎:映画ではクローズアップですけど、舞台では絶対にできないんですよね。
奥村:でも文楽で観た時、広い舞台で、目が勝手に人形の顔のこの瞬間に、シュッと集中したんです。それは本当に、勘十郎さんが思われている通りに僕の目が動かされたってことなんですよ。それって難しいことで、それをされていたのですごいなと思って。ダンサーも、やっぱり観客の目が勝手にクローズアップするように持っていかないとダメなんです。それができるかできないかで、お客様が感動できるかどうかが大きく変わってくる。
勘十郎:あのラストをどうするか色々と考えたのですが、どうしても動けなくて、じゃあもう動かないでなんとかできるかな、と考えたんです。
ーーラストに至るまでに観客の気持ちはどんどん集中していますし、動かないことで逆に引きつけるという考え方もありますね。本当に印象深いラストで、なんとも言えない気持ちになりました。与次太郎の衣裳がさらにボロボロになって哀れな姿なのも涙を誘います。
勘十郎:人形は2体あって、ラストで遣う方の衣裳はかなりダメージを与えています。与次郎の衣裳の生地は、実は僕の家にあった生地なんです。昔ある芸妓さんが着てはったかなり上等な生地で、面白い柄なんですよ。それで、衣装部の人が「私たちはできませんからやってください」と言うので自分で裂いたり汚したりして。ただ、普通はもっと汚すんですが、演出家の意見もあって、役柄を考えて綺麗さも残しました。
奥村:わかります。チャップリンが演じた役って、主役だけれどもなんかちょっと周囲から浮いた存在に見えて。こういう人間って、現実にはいないじゃないですか。でも他のキャラクターは存在するキャラクターで。
ーー確かになかなかいないですよね。浮浪者だけど、紳士でもあって優しくて。
奥村:そう。だからチャップリンにしかできない役なんですよ。それを自分がどういう風に見せられるのか、不安でもあるし楽しみでもあるし。そのままコピーしたら、またそれはそれで違いますから。
勘十郎 よくわかります。バレエでもやっぱりコミカルな振りがつくんですか?
奥村 多分コミカルな振りもあると思います。僕も今回の舞台が決まった時、映画を子供の頃以来ひさびさに観ましたけれども、あまりのチャップリンの天才っぷりにちょっと怖くなったところがあって。本番に向けてドキドキしています。
新国立劇場バレエ団『街の灯』イメージビジュアル (C)Takeshi Kanou
文楽の狐とバレエのシマウマを演じて
『本朝廿四孝』奥庭狐火の段の桐竹勘十郎 提供=国立文楽劇場
ーーバレエが『街の灯』を初演する10月、大阪では「錦秋文楽公演」が行われます。勘十郎さんの師匠である三代吉田簑助三回忌追善でもありますね。勘十郎さんはお父様も人間国宝の人形遣いでしたが(二代目桐竹勘十郎)、お父様よりも年下の簑助師匠に師事されて。簑助師匠もまさに人形が息をしているようにしか見えない、素晴らしい人形遣いでした。
勘十郎:本当に素晴らしかったですよね。師匠から、さっき言った“自分の真似をするな”のほかによく言われたのは、“役になりきれ”ということでした。
ーー今回のチラシの写真は簑助師匠の八重垣姫ですけれども、やっぱり師匠に通じるところはありつつも、また違ったところを、と?
勘十郎:そうですね。師匠は腕も指も長かったんですよ。一度、師匠のシャツを黙って羽織ってみたら、袖がこの辺(指の先)までありました。腕が長いというのは人形遣いには得なんです。チラシの写真は正面からですが、横から見ると、師匠と人形が離れているんです。なおかつ、身を反りはるんです。だから綺麗ですよ。
『令和8年錦秋文楽公演』
奥村:正面からの写真でも距離がすごいですね。
勘十郎:離せば離すほどきれいなので、僕は腕が短い分、反っていますけども。結局、師匠の真似をしても上辺の薄いところをなぞっているだけで、肝心の、もっと奥の方の大事なものを真似せないかんのですが、それがなかなかできないですからね。
ーー次の八重垣姫はどのようになさろうと?
勘十郎:とにかく重い役、お姫さん3つの、「三姫」のうち一番重たい役ですので、特に十種香の段はそこを気をつけなければ、と。奥庭になると狐は出てくるし、動くのは得意分野ですが(笑)。
奥村:でも僕は映像で拝見して、十種香の段が好きでした。最初、後ろ姿で座っているだけなのに、その後ろ姿が少し動くその動き方が……恋しい勝頼を思う様子がもう本当にこっちに見えるようで。背中の表現が人形でそんなにできることにまず驚きました。
勘十郎:あれ、大変なんです。体勢もハードですし。
ーーまたこの八重垣姫が恋するお姫様で、本当に健気なんですよね。恋しい勝頼のもとに「つばさが欲しい、羽が欲しい、飛んで行きたい」と言うほど情熱的で。
勘十郎:その辺が難しいですね。その後の狐はもう大好きなので大丈夫です。狐も随分、研究しましてね。
ーー文楽では、狐は人間以上に人間の情を持っている特別な存在として描かれることが多いですね。どのように研究されたのですか?
勘十郎:狐が100頭くらいいる宮城蔵王キツネ村にも何度か行って観察しました。エキノコックスという寄生虫がいない安全な狐たちで、餌をやったり抱かしてもらったりできるんです。当時、1回400円だったかな、30分くらい並んで。狐は本当に可愛らしくて、本当は飼いたいんですけど、ちょっと難しいですね。
奥村:狐のどういったところがお好きなんですか?
勘十郎:今でこそ映像もすぐ見られますけど、僕らが子供の頃は、絵本にしか出てこない。そういう意味でも神秘的で、子供心に「どんな動物だろう?と」「文楽の舞台に出てくる、あれが狐か」と。文楽ではだいたい白狐なんですよ。舞台で動いてるのを見て、どんどん好きになりました。でも、だいたい動物園に行っても寝ているんですよ。餌を食べると寝てしまうので、朝早く行って開園と同時に入らないといけないんです。
新国立劇場バレエ団『ペンギンカフェ』シマウマ役の奥村康祐 撮影:鹿摩隆司 提供:新国立劇場
ーー動物ということでいうと、奥村さんは『ペンギンカフェ』という作品でシマウマの役を踊られました。
勘十郎:動物のバレエもあるんですね!
奥村:あります。有名な「ペンギン・カフェ・オーケストラ」という楽団の音楽を使ったバレエです。
ーー『ペンギンカフェ』はペンギンが営むカフェなどが舞台で、登場する動物たちは人間さながらにチャーミングに振る舞うのですが、実はその多くが絶滅危惧種。可愛いし楽しい作品である一方、絶滅の危機にある動物たちの姿を通して観ているこちらが自分たち人間の所業を顧みるような作品なんですよね。その中でシマウマはとっても素敵ないでたちで。
奥村:シマウマは頭にたて髪みたいな飾りがついていて、全身タイツで、尻尾みたいな棒を持って動くんです。踊る時、指導振付家の方にこの作品のシマウマの役は気高くあっていてほしいと言われたのを覚えています。シマウマの僕が一人で動いている周りを、シマウマ柄の毛皮を着たモデルの女の人たちが出てきて、ファッションショーのようにポーズをとる中、僕がパーンと銃で撃たれてガクッと死ぬ場面があるんです。シマウマは何も考えず崇高に存在していたのに殺されてしまうという。振付はあるけれど、僕もすごくシマウマの動きを研究しましたね。
ーーバレエと文楽、全く違うところもありつつ、少しずつ共通点もあることが、よくわかりました。
勘十郎:バレエも近いうちに観てみたいです。今日は色々なお話が聞けて面白かったです。
奥村:ぜひバレエを観ていただきたいですし、僕も絶対にまた文楽を観にうかがいたい。すっかりファンになってしまいましたし、本当に文楽をみんなに広めたいですね。
取材・文=高橋彩子(舞台芸術ライター)
公演情報
昭和100年記念公演
令和8年度(第81回)文化庁芸術祭主催公演
新国立劇場バレエ団『街の灯』 <新国立劇場バレエ団委嘱作品・世界初演>
City Lights
会場:新新国立劇場 オペラパレス
予定上演時間:約2時間20分(休憩含む)
【振付】アラスター・マリオット
【原作】チャールズ・チャップリン
【音楽】チャールズ・チャップリン
ホセ・パディーヤ『La Violetera』
【編曲】ティモシー・ブロック
【美術・衣裳】ディック・バード
【照明】エレン・ルーゲ
キャスト
■10月23日(金) 19:00
【放浪者(トランプ)】奥村康祐
【盲目の花売り娘】米沢 唯
【放浪者(トランプ)】石山 蓮
【盲目の花売り娘】柴山紗帆
【放浪者(トランプ)】木下嘉人
【盲目の花売り娘】小野絢子
【放浪者(トランプ)】奥村康祐
【盲目の花売り娘】米沢 唯
【放浪者(トランプ)】水井駿介
【盲目の花売り娘】東 真帆
【放浪者(トランプ)】木下嘉人
【盲目の花売り娘】小野絢子
【放浪者(トランプ)】奥村康祐
【盲目の花売り娘】米沢 唯
【放浪者(トランプ)】石山 蓮
【盲目の花売り娘】柴山紗帆
【放浪者(トランプ)】木下嘉人
【盲目の花売り娘】小野絢子
【放浪者(トランプ)】奥村康祐
【盲目の花売り娘】米沢 唯
【指揮】ティモシー・ブロック/冨田実里
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団
【芸術監督】吉田 都
<バレエ『街の灯』グランエクスペリエンス>
日時:2026 年11月1日(日)公演
会場:オペラパレス
申込開始:2026年8月1日(土)10:00~(事前申込制)
公演情報
開演時間
第1部 午前11時 (午後1時30分終演予定)
第2部 午後2時15分 (午後5時8分終演予定)
第3部 午後5時45分 (午後8時20分終演予定)
錦秋文楽公演
心中宵庚申(しんじゅうよいごうしん)
上田村の段
八百屋の段
道行思ひの短夜
妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)
杉酒屋の段
道行恋苧環
鱶七使者の段
姫戻りの段
金殿の段
本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)
諏訪明神百度石の段
景勝上使の段
鉄砲渡しの段
十種香の段
奥庭狐火の段
主催=独立行政法人日本芸術文化振興会
放送情報
放送予定:…2026年9月27日(日)21:00~23:00
放送日: 2026年9月18日(金)午後 9:00〜9:30 (再放送:9月25日(金)午後 1:10〜1:40)
NHKONE で同時配信・放送後1週間の見逃し配信
司会:高橋英樹、大久保佳代子、石橋亜紗アナウンサー
スタジオゲスト:大野裕之(『まちの灯』脚本・演出、日本チャップリン協会会長)
VTR ナレーション:桂二葉(落語家)、ロケ出演:豊竹若太夫、鶴澤友之助、桐竹勘十郎 ほか