泣き笑いの真髄がここにある!『松竹新喜劇 新秋公演』 藤山扇治郎インタビュー

昨年夏、16年ぶりに新橋演舞場での東京公演を果たした松竹新喜劇。その反響の大きさから、今年も「松竹新喜劇 新秋公演」として9月13日から新橋演舞場での公演が決まった(27日まで)。

今回の演目は、昼の部が、父親の処遇をめぐって兄弟喧嘩が巻き起こる『先づ健康』、兄弟のなかでのけ者にされている三男の三郎が家族を救う『一姫二太郎三かぼちゃ』、そして昨年の公演で大好評の、寄付金の入ったお財布をめぐるドタバタ喜劇『お祭り提灯』の3作品。夜の部が、左官の作り話が思わぬ展開となる『色気噺お伊勢帰り』、仲の悪い魚屋兄弟が娘の縁談をめぐって喧嘩をエスカレートさせていく『愚兄愚弟』の2作品。昼夜とも、松竹新喜劇のエッセンスが凝縮されたラインナップだ。

7月上旬、この公演でなんと全作品に出演する、松竹新喜劇の藤山扇治郎にインタビューを行った。作品の見どころや自身の役どころ、松竹新喜劇に対する思い、喜劇王と呼ばれた祖父・藤山寛美への憧憬、今後の目標…。問いかけるたびにどんどん溢れ出す言葉のはしばしに、これから劇団を担っていく新星の情熱と可能性が感じられた。


「ザ・松竹新喜劇」な作品ばかりです

──まずは、それぞれの作品と演じる役についてうかがえますか?

昼の部の『先づ健康』というお芝居は、DVDで観ていますが、生で観させていただいたことはないんです。僕は久本勇一という、最後のほうに出てきて、高田次郎さん演じる松太郎にお説教される役ですが、今回すべてに出させていただくなかで、序幕狂言ですし、現代劇で端役というのも初めてなので、すごく新鮮ですね。2本目の『一姫二太郎三かぼちゃ』の三郎ですが、これは昔から祖父(藤山寛美)の当たり役で、松竹新喜劇でも人気の作品です。東京では、伯母(藤山直美)が「三男」ではなく「三女」として平成5年(1993)に演じていますが、「三男」の三郎が登場するバージョンとしては、昭和53年(1978)8月の「新喜劇お客様お好みオールリクエスト公演」以来になります。

──長男が渋谷天外さん、次男が長江健次さん、長女が久本雅美さん(紅壱子とWキャスト)とかなり個性的なご兄弟で、水谷八重子さんとは初共演で親子役ですね。

三郎は人よりちょっと遅れているところがあって、のけ者にされているんですが、本当に家族が好きで、兄弟が好きなんです。母と子の絆が多く描かれている場面もあるので、八重子さんと共演させていただくのは楽しみです。もしかしたら、昼の部3本のなかで、お子さんからお年寄りまで一番楽しんでいただける作品ではないかと思います。東京で『一姫~』ができるのは光栄ですし、主役もさせていただいてますので、個人的にはメインかもしれません(笑)。

──昼の部の最後は、ご自身が松竹新喜劇に正式入団した作品でもある『お祭り提灯』の丁稚・三太郎です。
 
去年もさせていただきましたが、観やすくて、爆笑喜劇で、最後はどんでん返しなので、切り狂言で盛り上がるお芝居ですね。どなたがされても面白い、完璧な本だと思います。いつもは金貸しの「お爺さん」が多いですが、今回は「お婆さん」で久本さんが出てくださいます。3本のなかでは一番短くて笑えるものなので、昼の部を観ていただければ、松竹新喜劇の面白さや、「新喜劇ってこういうお芝居なんだな」ということがわかっていただけると思います。
 
──丁稚・三太郎を演じられるのは3回目ですが、「今回はこうしてみよう」ということは?
 
松竹新喜劇は丁稚が出てくる作品が多く、特に祖父は、丁稚といってもアホ役をしてきましたので、抜けた丁稚とか上手なんですよね。ちょっとボ~ッとしてるとことか(笑)。今回は「大人が子どもの芝居をしている」のではなく、本当に子どもが丁稚をやっているように、子どもらしさ、可愛さを表現したいと思っています。1回目、2回目の時は、どうしても「面白くしなければいけない」という思いがあったのですが、本がしっかりしているので、ちゃんと丁稚になれるように、子役のようにお芝居ができたらいいなと。もう28歳ですが、祖父がしていた時よりも、10歳ぐらいは丁稚に近いので、純粋に、ちっさく見えるように工夫したいです。
 
──次は夜の部で、まずは『色気噺お伊勢帰り』の梅吉です。
 
松竹新喜劇というのは歌舞伎から生まれている劇団なので、この『お伊勢帰り』では、長屋の住人役として、時代劇のことを勉強させていただきたいと思っています。
 
──最後は『愚兄愚弟』ですが、寺田常夫というのはどんな役ですか?
 
仲の悪い魚屋の兄弟の話で、それぞれの娘の結婚相手として持ち上がるのが、僕なんです。兄弟が主役で、全部もっていくと言ってもいいお芝居ですが、(曽我廼家)寛太郎さんの演じる、頼りない金魚屋のおっちゃんがすごく面白い役で。最終的には兄弟が仲直りに至るんですが、笑いがあって涙があって、ハッピーエンドです。『お伊勢帰り』のほうは爆笑劇、『愚兄愚弟』は人情も入っているので、夜の部も「ザ・松竹新喜劇」みたいなお芝居ばかりです。作品の色で言うと『愚兄愚弟』と『一姫二太郎三かぼちゃ』は似ていて、感動系というか。もしかしたら爆笑物よりも、こういう人情物のほうが幅広い方に受け入れていただけるかもしれません。
 


役者以外は考えられなかった

──松竹新喜劇らしさが打ち出された構成なんですね。関西にはもう一つ新喜劇があり、東京では軽演劇のようなものがあるなか、松竹新喜劇ならではの笑いとは?

一番大きいのは、関西弁の劇団だということです。祖父が引っ張ってきて、花道や緞帳のある檜舞台で65年も続いています。関西弁で、台詞を使って豊かな感情表現をするお芝居となると、日本で松竹新喜劇しかないんですよね。そのなかに泣き笑いがあって、泣いていただくのも難しいし、笑っていただくのも難しいですが、両方が作品に詰まっている。そして、先輩方がずっとやってこられた作品を僕らがまたやらせていただく。世の中はどんどん便利になり、人と人との絆や触れ合いも少なくなっていますが、だからこそ松竹新喜劇のお芝居を観ていただいた時に「そうやな。人のことは大切にせなあかん」と思っていただけたらと。カッコいい人が出てくるかと言われたら、出てきませんし、劇団☆新感線のようにカッコいい立ち廻りがあるわけでもない(笑)。ただ「気持ちはカッコいい人」がいっぱい出てくるので、そういうところでお客様と役者が共感できる劇団だと思います。

──すでに何度かお祖父様のお話が出てきて、劇団にいらっしゃる以上は切り離せないと思うのですが、ご自身は小さい頃から役者になろうと思っていましたか?

僕、物心つく前から歌舞伎が好きやったんですよ。父親が小唄の三味線もやってましたし、祖父は藤山寛美、伯母もバリバリ舞台をしてましたから、自然と劇場に行く、芝居を観にいくことは好きでした。小学校1年生の時、祖父の孫ということでお芝居に出ないかというお話をいただき、東京の歌舞伎座で、十八代目の(中村)勘三郎さんと『怪談乳房榎』に出させていただいたのが初舞台で。そこから子役として中座、南座、歌舞伎座、また伯母の舞台で使っていただき、子役最後の公演は高校1年生で、祖父の十三回忌追善興行で、新橋演舞場と松竹座で、『桂春団治』の家にお酒を届けに行く丁稚の役をやらせていただきました。これはもともと祖父の出世役で、伯母もやっていて、孫の僕と三代にわたって同じ役をさせていただきました。

当時は歌舞伎が好きでしたし、僕は関西出身ですが、どちらかというと大阪のお芝居って馴染みがなかったんです。僕らの世代は、喜劇というと吉本というイメージでしたし、テレビや舞台を観てもほとんど標準語のお芝居ばっかり、東京の役者さんばっかりだったので、もしお芝居をやるなら文学座とか青年座とか、どこかの劇団に入ったりして、東京のお芝居をしようと思っていました。子役の後、高校、大学は普通に学生生活を過ごしましたが、どんな仕事をしたいかと考えた時に、やっぱり役者以外は考えられなかったんですね。というのは、祖父は3歳の時に亡くなってますが、映像は観ていましたし、伯母は一緒に出た時に「凄いな」と思っていました。それに自分も子役をするなかで、お客さんが拍手をしてくれるのが子どもながらにすごく楽しかったんです。それで、大学卒業後は青年座研究所に行き、途中でドラマのお話をいただいたりもしました。

その研究所の2年間は、松竹新喜劇に入りたい、観たいという気持ちは特になかったのですが、初めての東京での一人暮らしなので、松竹新喜劇のDVDを持って上京したんです。それを観ると、メチャクチャ感動するんですよね。研究所では同じお芝居でも関西弁ではないし、基本は新劇ですから長屋のおっちゃんが出てきたりもしない。新劇にも人情劇はありますが、松竹新喜劇は泣き笑いの人情劇で、弱い人が正しいことを言ったり、勝ち組と負け組があったり、人間の弱いところが描かれているけれど、真面目に生きている人が出てくる。コケたりギャグを言ってわらかしながら、喜劇として成立している作品は日本では他にないなと。研究所でお芝居を勉強しながらも、心はだんだん松竹新喜劇に傾いていきました。ただ、松竹新喜劇はなかなか人をとらないので、窓口もなければ募集もない。そんな時、たまたまワークショップに声をかけていただいて、子役として舞台に出させていただいたご縁もあって参加することになりました。そこからトントン拍子に翌年が65周年という時期に、入団させていただくことになりました。
 



目標は「新喜劇役者」になること

──お祖父様や伯母様の存在というのは、プレッシャーではなかったですか?

よく聞かれますが、もう凄い方ですから。豊臣秀吉みたいな人でしょ?(笑) 凄すぎてプレッシャーがないんです(笑)。メッチャ尊敬していて、いろいろ話は聞きますし、松竹新喜劇が好きになったのも祖父のDVDを観ていたからで、今でも「松竹新喜劇といえば藤山寛美」というイメージがあって、やっぱりその功績は凄いと思います。すごく遠い存在ですが、作品なり役なり遺してくれたものが多いので、それをこれから自分が少しでもやっていきたい。先輩方がずっと続けてきてくださったおかげで、歌舞伎に比べたらまだまだ短いですが65年という伝統はあるので、オリジナルの部分プラス祖父がやってきたものを受け継いでいきたいと思っています。その意味では、プレッシャーより喜びのほうが大きいですね。

──お祖父様とご一緒していた先輩方から学ぶことは多いでしょうね。

膨大にあります。これは喜ばしいことで、祖父と同じ舞台に立っていたからこそ、よくわかってるんです。よく先輩方に言われるのは「扇ちゃん、普通の芝居やったらええねん、別に普通に出てきて普通にしゃべって。でもこれ喜劇やから」と。やっぱり、喜劇ならではのしゃべり方やリアクションなど、細かいところがありますし、歌舞伎じゃないですが、役の心情、笑いの部分、性根がはっきりあります。先輩方は全部習得されていて、だからこそお客さんが「こんなおっちゃん、いるな!」と納得できる。そこが芸であり、もちろん気持ちも大事ですが、技術という部分で吸収することが多いです。自分ではわからなくても、一緒にお芝居をさせていただくと「こうやったほうがいいよ」「こういう風にしないとわかりにくいよ」と仰ってくださるので、発見も多いです。喜劇は本当に難しくて正解もないのですが、「入り口」は何か所かあって、どれが正解かはわからないけど「これやろ」という「入り口」はあるんです。先輩方は最適なものを通られますが、僕らは間違えて別の「入り口」に入ったりするから、そこが勉強ですよね。

──その点で、入団当初よりは成長されたと感じますか?

まだまだです(笑)。でも今回でやっと劇団員の方全員とお仕事させていただけますし、最初はわけがわからない時もありましたが、「新喜劇の作品ってこういう雰囲気なんだな」と、かすかにわかってきました。僕の目標は、どんな役者かと聞かれて「新喜劇役者です」と言えるような役者になることなんです。歌舞伎役者さんは「歌舞伎役者」って言われますし、宝塚もそうだと思いますが、新喜劇は、喜劇役者と言われることはあっても「新喜劇役者」ってないですよね。そういう意味では、祖父もそうですし、高田次郎さん、小島慶四郎さん、(曽我廼家)文童さんのように「新喜劇役者」だと言えるように頑張っていきたいと思います。
 

最も共感していただけるお芝居が松竹新喜劇

──天外さんが会見で「若い方にバトンタッチを」と仰っていましたが、今の扇治郎さんが松竹新喜劇で担える部分とは?

今回、昼の部の二本目で主役をさせていただいてはいますが、まだまだ先輩方に引っ張っていただいている立場なので、もっといろいろな役ができるようになりたいし、引っ張ってもらうにしても、もう少し負担を軽くできればと思います。3年後は70周年ですが、そこまでに実力をつけて、先輩方がコケてもパッと支えられるくらいの意気込みでないといけないし、若い方たちが役者として入ってきてくださるように頑張らないと…。松竹新喜劇は女優さんもいますが、歌舞伎と同様、年齢の幅が広い劇団です。そのなかで、先輩方がずっと頑張らなければいけないのもダメですし、先輩方がいてくれないと困るという部分もありますし、今は過渡期ですね。

──天外さんが以前「お芝居ではどうしてもお祖父ちゃんの真似になるから、その鎧をひっぺがすのが大変」と仰ってましたが、ご自身としてはいかがですか?

僕はやっぱり「目指せ、藤山寛美」なんです。お芝居はあくまでお芝居で、先輩方のやってきたことを消化して真似できないと、完全なオリジナルっていうのは難しい。自分の個性も大事ですが、松竹新喜劇では、僕は先輩方のやってきた役の持ち味を継承したいという気持ちが大きいので、自分が鎧を捨てなあかん場合もあるし、鎧を着ないといけない場合もあるし、両方ですよね。だから、祖父のお芝居をご存じの方が「似てるな」と言ってくださったら、メチャクチャ嬉しいんです。今回の『一姫~』なんかは、祖父のイメージがほんまに大きい。祖父の泣き方、しゃべり方、とぼけ方…いろんな芸がありますし、そこにプラス、新しい役をやる時には自分の個性を出せたり、自分なりの役の解釈ができるようになれたらいいですね。
 
──では最後に、意気込みをお願いします
 
年に1回しかない東京での松竹新喜劇の公演です。新橋演舞場では、歌舞伎や商業演劇などいろいろなお芝居が上演されていますが、観終わった後に、素直に共感していただけるお芝居が松竹新喜劇だと思うんです。僕も歌舞伎は大好きですし、他のお芝居も観ますが、内容としては「こんな人おらんやろ!」ってツッコミたくなる時もありますから(笑)。劇団という形で、大阪弁で喜劇を上演するのは松竹新喜劇だけですし、大阪弁の面白さ、大阪人の面白さ、喜劇の面白さを一番気軽に観られるお芝居なので、まだご覧になったことがない方はぜひ劇場に足を運んでいただきたいですね。
 



ふじやませんじろう○1987年生まれ。京都府出身。父は小唄白扇流の家元、祖父は藤山寛美。幼少より日舞、小唄に親しむ。93年8月歌舞伎座『怪談乳房榎』にて、十八世中村勘三郎(当時・勘九郎)の倅役で初舞台の後、子役として活躍。大学卒業後の2010年、青年座研究所へ入所して演技を学び、映像へも活躍の場を広げる。2013年11月、祖父の当たり役の一つ『お祭り提灯』の丁稚・三太郎などで松竹新喜劇に正式入団。以降、大役への挑戦が続いている。
 
〈公演情報〉



 『松竹新喜劇 新秋公演』
【昼の部】
一、先づ健康
二、一姫二太郎三かぼちゃ
三、お祭り提灯
【夜の部】
一、色気噺お伊勢帰り
二、愚兄愚弟
出演◇渋谷天外、藤山扇治郎、水谷八重子、久本雅美  ほか
●9/13~27◎新橋演舞場
〈料金〉桟敷席12,000円 1等席11,000円 2等席8,500円 3階A席4,500円 3階B席3,000円(税込)
 前売り開始/7月25日 10:00~ 0570-000-489 
〈お問い合わせ〉新橋演舞場 03-3541-2600
 


 【取材・文・撮影/内河 文】

 
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