天野天街(少年王者舘主宰)、熊本地震の体験を語る
天野天街 [撮影:吉永美和子]
「本震後に見た冥土の花見みたいな光景が、すごく印象に残っています」
熊本の演劇ユニット・雨傘屋がゴールデンウィークに上演する予定だった『青木さん家の奥さん』が、4月14日に発生した「熊本地震」の影響で公演延期となったのは、すでにSPICEでも報じた通り。今回は、本作に演出で参加していた少年王者舘の天野天街に、自らの被災体験を語ってもらった。地震発生直後の様子を記した“詩”は、その日のアクセスランキングのトップになるほどの反響を呼んだが、実は延期が決まった後も、1週間近く熊本に滞在していたという。
最初の地震が発生した4月14日21時26分は、ちょうど熊本市内のスタジオで、稽古初日を迎えていた所だった。「読み合わせの途中でドーン! と来て、すごい横揺れがあって。まあまあ長く揺れたから「これはちょっとタダ事じゃないな」って、みんなですぐ外に出ました。その後スタジオに戻ってきたら、僕が座ってた場所の真後ろに、尖った凶器みたいな金具が落ちてたんです。少し後ろに座ってたら、危なかったかもしれない」。それからすぐ、自転車でウィークリーマンションに戻ったが「その時は電気も通じてたし、確か市電も動いてました。飲み屋街のお店も開いてたけど、みんな外に避難しちゃって店には誰もいないから、一杯飲んで帰りたくてもできなかった。その時はまだ「一発デカいのが来たな」ぐらいの感覚しかなかったから、特に恐怖とかはなかったんですね。でも通りすがりに誰かのスマートフォンの画面上で、九州の辺が(地震の震度のマークで)真っ赤になっていたのを見た時は、さすがに怖さを感じました」
上演予定だった雨傘屋『青木さん家の奥さん』公演ビジュアル。 [宣伝美術:アマノテンガイ]
その翌日は、予定されていたラジオ番組の出演や稽古も取りやめとなり、終日部屋にこもってアイディアを練っていた。そして「本震」が起こった16日1時25分は、まだ起きて本を読んでいたという。「すでに何回も余震が来てたから、たった一日だけど地震慣れしてました。その時も「あ、来た」ぐらいに思ってたけど、だんだん横揺れがスクリューみたいに激しくなって。部屋にあった電子レンジが2メートルぐらい吹っ飛ぶし、外からガンガンとかパリンパリンとかいろんな音が聞こえてくるし、電気も一瞬消えて…意外とこれが一番怖かった瞬間でした。で、「ここにいちゃいかん」と思って、簡単に荷物をまとめて外の駐車場に出て、2時間ぐらい様子をみてました。しばらくしてから周辺を歩き回ったけど、近くの公園で大勢の人がムシロを引いて黙って座り込んでいるのが、死の国の花見…冥土の花見みたいな光景でした。もう咲き終わった桜の樹の下で、みんなが花見のように座ってるけど、誰も酒も飲まず何も言わずにジイっとしているあの感じが、すごくビジュアル的に印象に残ってます」
一夜が明けると、雨傘屋に出演するために同じく熊本に滞在していた、少年王者舘劇団員の小林夢二と街の様子を見に行った。「避難所に行ってる人が多かったから、本当に街に人の気配がなくて、ゴーストタウンみたいでした。下通(しもとおり/熊本市一の繁華街)すら人通りがなかったけど、ディスカウントストアが一軒だけ開いてたんです。そこで大きな牛肉ブロックが半額で売られていたので、玉ねぎとカレールーを買って、10人分ぐらいのカレーを作りました。僕が住んでいた所は幸運に恵まれたというか、ガスも水道もほぼ問題なく使えたし、近くのコンビニエンスストアも開いてたので、不便さはあまり感じなかったです。ただ揺れがずっと続く上に、しかもまだ大きいのが来るかもしれないという信頼のおけなさが「いい加減にしてくれ!」って気分でした」
本震で倒壊したブロック塀と天野天街。 [撮影:小林夢二(少年王者舘)]
そして18日に雨傘屋関係者の話し合いが行われ、公演の延期が決定した経緯は、主宰・阿部祐子が寄稿した通り。天野個人は「当然複雑な気持ちではあるけど、参加者の中には実家が全壊した人もいたし、自分としてもこんな状況下で無理してでも上演する意義が見いだせなかった」という気持ちだったそうだ。それで愛知県の自宅に戻る手配をしたところ、飛行機のが取れたのは1週間ぐらい後の便。JRの在来線を乗り継いで博多まで行けば、飛行機なり新幹線なりですぐに戻れただろうが「急いで自宅に帰っても、結局は(次の公演の)『ゴーレム』の脚本を書くために家にこもるだけだから、どこにいても一緒だなと。だったらもうちょっと熊本にいて、この状況を体感しておこうと思ったんです。でも一番大きかったのは、カレーがまだたくさん余っていたこと。捨てるのはイヤだったので、これを食べきるまでは帰れんなあと。最後の日にピッタリと食べ終わりました」
幸いその1週間は、しばしば余震が起こるものの(しまいには物の落ち方で震度がわかるようになったそうだ)、特に大きな問題もなく静かに過ごせたそう。時おり街の様子も見に行ったが、特に目に止まったのは、街角に出されているゴミの種類だったという。「一番目立ったのは電子レンジ。うちの部屋の電子レンジは扉が外れたぐらいで助かったけど、助からない電子レンジがいっぱいあったんだ、電子レンジって落ちるものなんだなあ、と思いました。あとはブラウン管テレビとぬいぐるみがすごく多かったです。これは僕の想像ですが、いつか捨てようと思って捨てられなかったものを、みんなこの機会に便乗して捨てたという気がして。震災を利用した断捨離じゃないかと」
激震レベルの地震を2回も経験し、自らの意思で非常事態とも言える場所で1週間を過ごした。この経験は今後の作品に影響すると思うか? と聞いてみたところ「変わるわけがない」と返ってきた。「だって周りで何があっても、僕が作っている作品はいつも一緒。ただ(東日本大震災直後に上演した)『スミレ超特急』(少年王者舘)が、こちらは何も意図していないのに、観た人からは震災と関連付けて語られた…というのに近いことが、今後は増えるかもなあとは思います。でもそれで別にブレることはないですね。だって結局、いつも震災と重なるような芝居を作ってますから」
そして来年以降に持ち越しとなった『青木さん家の奥さん』だが、実は熊本を発つ頃には脚本の改訂が終わっていたそうだ。「ただ出演者が(戯曲の指定より)4人多いので、それを付け加える段階までは行けなかった。来年までの宿題です」。雨傘屋の関係者だけでなく、熊本・大分全体が少しでも日常を取り戻し、今の熊本の空気を感じながら天野が書き上げたこの改訂稿が陽の目を見られる時を、心待ちにしたい。話の中にチラリと出てきた、日本・チェコ国際共同公演糸あやつり人形芝居『ゴーレム』(脚本・総合演出)は、6月にKAAT(神奈川芸術劇場)で上演される。
日本・チェコ国際共同公演糸あやつり人形芝居『ゴーレム』公演ビジュアル。
■場所:KAAT(神奈川芸術劇場) 大スタジオ
■料金:一般5,000円 学生2,500円
※未就学児童の観劇については、糸あやつり人形一糸座(042-201-5811)までお問い合わせを。
■部分演出 :ゾヤ・ミコトバー(チェコ)
■出演:【人形】結城一糸、結城民子、結城敬太、金子展尚、根岸まりな(以上、糸あやつり人形一糸座)/パベル・ペトル・プロハースカ、クリスティーナ・フルツオヴァー(以上、プリショベーホ・メドビィードカ劇団(チェコ))【俳優】月船さらら、寺十吾、横田桂子、鈴木和徳、一兜翔太、川上舜
■公式サイト:http://www.kaat.jp/d/grm