welcome to THE 沼!・ 第一沼『シンセサイザー沼』

コラム
音楽
アート
2016.5.13

「沼」。

皆さんはこの言葉にどのようなイメージをお持ちだろうか?

私の中の沼といえば、足を取られたら、底なしの泥の深みへ・・・ゆっくりとゆっくりと引きずり込まれ、抵抗すればするほど強く深くなすすべもなく息をしたまま意識を抹消されるという恐怖のイメージだ。

 

一方、ある物事に心奪われ、取り憑かれたようにはまり込み、
その世界にどっぷりと溺れることを「」という言葉で比喩される。

 

底なしの「収集」が愛と快感というある種の麻痺を伴い増幅する。

これは病か苦行か、あるいは究極の癒しなのか。

毒のスパイスをたっぷり含んだあらゆる世界の「沼」をご紹介しよう。

 

連載にあたり、今後各界の「沼ックス(沼の達人)」を招き、各位の「沼世界」を存分に語っていただく予定だが、先ず第一沼~二沼では小生の沼世界をご紹介しよう。

 

第一沼(だいいっしょう) 『シンセサイザー沼

シンセサイザーとは?歴史と仕組み

そもそもシンセサイザーとは、電気的に音を合成する装置の事だ。

皆さんがよくご存知のシンセサイザーといえば、鍵盤がついたコンパクトなキーボードタイプのものだと思うが、実は元々は一見しただけでは楽器とは思えない電話交換機のような巨大なモジュラー型の筐体から始まったようなのだ。

 

テルハーモニュウムなどの「電子楽器」自体はすでに100年も前に存在していたが、自在に音色をコントロールする装備が搭載された1930年以降、

そして1950年代に登場したRCAシンセサイザー、

さらに1960年代に入りシンセサイザーの存在を世界的知らしめたのが、

かのmoog博士が発表したmoogシンセサイザーだろう。

同時期に発売されたブックラシンセサイザーとの決定的な違い、そして最大のポイントが「鍵盤を搭載」した事だ。

しかし、これには賛否両論ある。

つまり、アコースティック楽器、そして西洋音楽の長い歴史の中で完成され、

見慣れたユーザーインターフェースである「鍵盤」をシンセサイザーとドッキングさせた事により、ピアニスト、キーボーディストからの市民権は得られたものの、シンセサイザーという楽器そのものの可能性や自由度を半減してしまったのではないかという事だ。

 

一方、ブックラシンセサイザーは鍵盤の代わりに、タッチパネル式のインターフェースを採用。

これは人間の体温や汗をも感知し電気信号に変換しシンセサイザーを発音させるという究極的のオリジナリティーを持った機構が採用された。

 

ウェンディー・カルロスキース・エマーソンなど、多くのミュージッシャンのアイデアを取り入れ開発されたmoogシンセサイザーは、モジュラーシステムシンセサイザーを発表した後に、さらにコンパクトなステージ上でも演奏できるシンセサイザーMINI MOOG」を発売する。

このMINIMOOGは、発売から50年ほど経過した現在でも(1970年〜1980年まで10年間生産された)様々なジャンルのミュージッシャンに愛され続けており、近年は後継機種のmoog Voyagerとして復活している。

しかしながら、このモノフォニック(たった一音しか出ない)で音色のメモリーも出来ない、現代のテクノロジーからしてみれば決してコンパクトとは言えない設計のMINIMOOGがなぜ未だに支持され続けているのか・・・?

 

答えは簡単だ。

  • 独自のMOOGフィルターから絞り出される唯一無二の音の太さ。
  • そして、すべての操作子がパネル上に配置されている事で、瞬時に演者の思いを表現できるフィジカルコントローラー。

この2点に尽きる。

さらに言えば、シンセサイザーは電圧でコントロールされているため、

鍵盤を弾く事が出来なくても、シーケンサー(電子的なオルゴールのような装置で、自分がプログラムした音程とタイミングで音を発音させる事ができる)で発音コントロールを可能にしている点だ。

 

MOOG MINIMOOG 1971年発売。無人島に持っていくならコレだ。(電気が無いと動かないが)アナログシンセサイザーの代名詞。そして王様。

MOOG MINIMOOG 1971年発売。無人島に持っていくならコレだ。(電気が無いと動かないが)アナログシンセサイザーの代名詞。そして王様。

 

私が沼にハマった訳

一般的にアコースティック楽器を演奏するためには、肉体の鍛錬の為に膨大な時間が必要であるが、電圧で制御できるシンセサイザーはアイデアさえあれば誰にでも音楽的表現が容易にできる点は、無限の可能性を秘めた楽器という事が言えるだろう。

 

私はここで沼にハマった・・・!!

 

子供の頃、勉強が大嫌いで絵ばかり描いていた私は、当然の事ながらピアノなんて習うわけは無く、

しかしながら、音楽に興味を持ち始めた小学校高学年になると楽器を演奏したくても時はすでに遅く・・・

あらゆる試行錯誤を始めた。

ギターを弾こうと思ったら指が痛すぎて挫折した・・・。

音符も読めない・・・。

 

絶望的な少年の心を救ったのが、当時流行り始めた電子音楽だった。

 

1970年代の後半。

 

ポストパンク・ムーブメントと重なり、電子音楽は瞬く間に世界の音楽シーンに浸透した。
クラフトワーク、YMO、スロッピンググリュッスル、SPKなどなど

数え上げたらきりがないほどの電子音楽が誕生した。

 

そして彼らのほとんどがアナログシンセサイザーとシーケンサーを組み合わせ、今まで聴いたこともないような刺激的なサウンドを放ち続けていたのだ。

 

しかしながら当時、モノフォニックのMINIMOOGですら70万円

小学生に買えるわけもなく、指をしゃぶって1年ほどシンセサイザーのカタログを集めまくり、
ボロボロになるまで熟読した。

そして・・・

シンセサイザーブームが過熱の一途をたどる中、

日本のシンセサイザー三大メーカー

「Roland」

「Yamaha」

「KORG」

が10万円を切るシンセサイザーを続々と発表したのだ!!

 

遂に手にしたファースト・シンセサイザー

私は小学校1年から5年生まで一切使わずに貯金したお年玉10万、母親と「暴走族にならないなら少しカンパする」と約束して手にしたカンパ金とを持って楽器店に並んだ。

そして遂に手に入れたのが

  • 2VCOのモノフォニックアナログシンセサイザー「Roland SH2
  • そして600音しか記憶させられないデジタル・シーケンサー「CSQ600

私は明けても暮れてもこの宝物と共に過ごした。

たった一音しか出ない楽器。

どうしたら沢山の音が詰まったアンサンブルに出来るか試行錯誤した結果・・・

 

カセットテープレコーダーを2台使って、ピンポン録音する事でダビングできる事を発見!!
(これは中学生になるまで、自分が世界で初めて発明したメソッドだと思って、近所のガキ達に自慢していたのだw)

もちろんミキサーなど無いので、空気ダビングだ。

録音する時は家族に沈黙を強要し、黙々と音を重ねていくのだ。

空気ダビングのため、2〜3回ダビングすると元音ははるか彼方に引っ込み、代わりに「シャーーーー」というノイズが満載になったものだ。

 

さて、そんな思い出の「Roland SH2」だが、なんと、現在でも私のスタジオの中心に鎮座している。震災をくぐり抜け、タバコの煙にも負けず、一度ウチのネコに壊され粉々になったが、修復して元気に稼働している。

Roland SH2 1979年発売。ファーストシンセがコレだったというテクノアーティストは多い。齋藤久師も自分のイニシャルである「HS」の反対「SH」とう偶然も重なり、現在まで愛し続ける逸品。

Roland SH2 1979年発売。ファーストシンセがコレだったというテクノアーティストは多い。齋藤久師も自分のイニシャルである「HS」の反対「SH」とう偶然も重なり、現在まで愛し続ける逸品。

 

沼コレクションは増殖していく・・・

 

後年 MINIMOOGもウチのスタジオに仲間入りした。

 

今回紹介した第一沼では、キーボードタイプのシンセサイザーだが、前述のブックラタイプのモジュラーシンセサイザーも近年異常な盛り上がりを見せている。

そう、「ユーロラック」という市場だ。

ドイツのシンセサイザーメーカー「ドイプファー」社のラック、電源規格に基づき大手、ガレージ問わず、膨大な数の電子楽器メーカーが参入し、数え切れないほどのモジュラーシンセサイザーをリリースしているのだ。

 

これは、キーボードタイプのシンセサイザーよりさらにヤバい危険な沼度である。

ある決まったサイズのモジュールを入れるラックが用意されている。

その大きさは様々であるが、ユーロラック規格のモジュールがスッポリと収まるサイズである。各メーカーは規格通りのルールに則り製品開発をしているので、バラバラのメーカーでも自分の好きなモジュールを自由自在に組み合わせる事ができるのだ。

ふざけるな!

というくらいの自由度である。

 

つまり、シンセサイザー自体を自分でデザインするというコンセプトが根底にある。

言い換えれば自分だけの超絶オリジナルな楽器を作れるのだ!!

しかも電気的な知識などほとんど無くてもオッケー。

 

また前述のケースである「ラック」自体が非常に危険な沼なのだ。

つまり、いろいろなモジュールを買い足して行くと、必ずちょっと中途半端なブランク(隙間)ができてしまう。この隙間を埋めるために、ちょうどいいサイズのモジュールを買い足していく・・・・。

 

これはもうテトリスの世界で、きちっと「穴を埋めたい」という、なんとも雄の本能に訴えかけるというか、強迫観念的に収集するような、音楽とはあまり関係無いところにこだわりが出てきてしまうのだ。

 

けれど、「音楽は数学的なのだ」なんて矛盾した言い訳を自分に言い聞かせては収集を続けてしまう沼。

 

いつか、ユーロラックの沼ックスにも登場してもらおう。

ユーロ沼。個々の単価が安いため、油断すると100円ショップで数万円使う人のようになる。危険。

ユーロ沼。個々の単価が安いため、油断すると100円ショップで数万円使う人のようになる。危険。

 

沼とめ

このように、「音楽を創るための道具」でありながら、収集の対象になってしまう楽器は沢山存在する。

弦楽器、管楽器、打楽器など、あらゆる楽器には音色以外にも美しい姿、魅力を備え持っている。

沼の入り口が大きな口を広げてあなたを待ち構えている。

 

何れにしても、ミュージックシンセサイザーは楽器の世界ではかなり歴史の浅い部類に入る。

あなたもまだまだ遅くは無い!!

一緒に沼の住人になろう・・・。

シェア / 保存先を選択