welcome to THE 沼!・第二沼『釣り沼(トップウォーター・プラッギング沼)』
「沼」。
皆さんはこの言葉にどのようなイメージをお持ちだろうか。
私の中の沼といえば、足を取られたら、底なしの泥の深みへ・・・ゆっくりとゆっくりと引きずり込まれ、抵抗すればするほど強く深くなすすべもなく息をしたまま意識を抹消されるという恐怖のイメージだ。
一方、ある物事に心奪われ、取り憑かれたようにはまり込み、
その世界にどっぷりと溺れることを「沼」という言葉で比喩される。
底なしの「収集」が愛と快感というある種の麻痺を伴い増幅する。
これは病か苦行か、あるいは究極の癒しなのか。
毒のスパイスをたっぷり含んだあらゆる世界の「沼」をご紹介しよう。。
釣りとの出会い〜沼にハマった訳
私が「釣り」を始めたのは、40歳になってからの事だ。
そう、忘れもしない今から8年前の夏の事だった。
ふと立ち寄った釣具店のショーケースの奥にひっそりと、そして大胆に鎮(チン)座する異形のルアー(疑似餌)を発見したのだ。
もともと趣味を持った事も無く、当然「釣り」の事など全くわからなかった
私の目に飛び込んできたそのルアーは明らかに「CHINKO」「PENIS」「INKEI」「MARA」・・・
もっとわかりやすく言えば「男根」の形をしていたのだ。
私はここで沼にハマった・・・!!
もう、釣りとかどうでもよかった。
その「CHINPOKO」を思い切りぶん投げてみたいと心の底から思ったのだ!!
釣りの知識など一切無い私は、その「OCHINCHIN」の詳細を嫌がる店員さんにしつこく聞くと、
これはどうやら「トップウォーター」という釣りのスタイルで使用するルアーだという。
トップウォーターフィッシングとは字のごとく水面・水上でルアーを操り魚を誘い出すスタイルの釣りを指すのだ。
つまり、ルアーが水中に沈まないため、魚がヒットした迫力のバイトシーンを肉眼で確認できると言う。
素晴らしいではないか!!
釣りにも魚にも全く興味がなかった私であったが、その「OCHINPOKO」ルアーとの出会いにより、
その後 一生涯の付き合いになる「トップウォーターフィッシング」という「釣り沼」に
両足を引きずり込まれる事になった。
トップウォーターという釣法は、なんと100年以上も前にアメリカで発祥し長い歴史を経て世界へ、
そして日本へも伝承された最もクラシカルなフィッシングスタイルである。
1960年代、故・則弘祐氏がまだ少年時代に神奈川のダム湖で出会ったアメリカ軍人・チャーリーが行っていたルアーフィッシングを目撃したことから始まり、
その後 70〜80年代にかけて日本へルアーフィッシングを広める功労者となる。
しかし、ルアーフィッシングの多様化により、巨大で、まるでふざけたオモチャのようなトップウォータールアーは影を潜め、より実釣、釣果を目指して開発されたホンモノそっくりの疑似餌(特にワームと言われるミミズそっくりの疑似餌)などが使われるようになったのだ。
しかしながら90年代に入ると、それまでのクラシカルなトップウォータースタイルに影響を受け、
自らオリジナルのトップウォーター・スタイルのハンドメイド・ルアーやタックルを作る多くのルアービルダー、
そしてガレージメーカーが登場し、トップウォーター・スタイルの釣りが再び注目を集めることに。
多くのトップウォータープラグ(ルアー)は1oz(28グラム)もの重量があり、とてもデカイ。
いや、バカデカイ。
デカすぎる。
さらには、職人が手間と時間をかけ丁寧に作り込まれた世界に一つだけのハンドメイドのプラグは1万円以上もする高価なものが多い。
万札を水面にぶん投げているようなものなのだ。
そのため、ルアーが木などに引っかかってロストする事の無いように、ライン(糸)は超絶ぶっとい50~80lbのものが使われる事が多い。
もちろん、大きな魚がかかった時にラインブレイクを起こさないためでもあるが、
私も含め多くのトップウォーター・アングラーは高価なプラグを回収するために魚から見たら綱引きの綱のようなラインを使う。
トップウォータープラグについて
さて、「ICHIMOTSU」の話に戻そう。
このトップウォータープラグには大きく分けて
- ペンシル(シンプルな棒状の形でロッドを使い動きをつけて演出する)
- スイッシャー(プロペラのような金具がついていて、ラインを引くと回転して水を掻き、派手なスイッシュ音と水しぶきを上げる)
- ポッパー(先端に窪みがあり、ラインを引くと窪みに水が当たりしぶきを上げる)
- ダーター(引いてドゥンと潜らせ、直後に水面に顔を出す)
- ノイジー(代表的なものがセミの形をしており、金具の羽などが搭載されている。ラインを引くだけで勝手に羽をバタつかせた激しいアクションを起こす)
- フロッグ(中空タイプのゴムのような素材で出来ており、藻などウィードに引っかかりづらい独特の仕組みになっている)
以上の個性的な形と動きを持つ5つほどの種類に分ける事ができる。
私が最初に目撃した「DICK」は「フロッグ」という種類に分類される。
それぞれの特性を持ったルアーは非常にユニークな動きを醸し出し、
魚の攻撃性や狩猟本能、そして反射反応などの本能に訴え、思わず口を使わせルアーに襲いかかるように誘導する。
つまり、「お腹が空いた」という食性に訴えるというよりは「反射的」に襲いかからせる演出を狙ったルアーデザイン、そして動きが重要なポイントになる。
人間でもそうだが、例えばボールが自分の顔めがけて飛んできたら、考える前に咄嗟の反応で避けるか、手で顔をガードするだろう。
しかし、魚は手が無い代わりに口を使い反射的に防御、攻撃をするのだ。
故に、ルアーのデザインは動きや音など、非常にアピール力の強いデザインが重要な要素になってくる。
つまり、餌に似ていなくてもいいのだ。むしろ「KITOU」の形をしていた方が好奇心旺盛な対象魚であるラージマウスバスにはもってこいの刺激的デザインなのだ。
たまに思う。
竿と糸と餌を使う釣り自体が、とても難儀なメソッドなのでは無いかと。
つまり、網を使って魚を一網打尽にするのが最も効率的な捕獲方法なのに、人はなぜこんな難しく、そして繊細な道具をわざわざ使って釣りに出かけるのだろう。
これは完全にフェティシズムの世界なのだ。性的な。
竿コレクション
次に、私がメインに使用している「竿」をご覧にいれよう。
これは紛れもなく「CHINPO」と「PAIPAI」と「SHIRI」が形取られている。
名前は「エログリップ」という。
私のトップウォータープラグのコレクション
また、私の所有するトップウォータープラグの一部をご覧にいれよう。
アメリカでは、父が息子に釣りを教えるという事は、ごく一般的な家庭の習わしだという。
しかしながら、このような極端な異形スタイルに発展した事は、世界でも例を見ない日本独自のスタイルであり屈折したアメリカ文化の解釈とも言える。
「我慢」「忍耐」が美徳とされてきた日本人が生み出したフェティッシュで超独自の世界観なのではなかろうか。
投げるのを躊躇してしまう程のルアー達
前述したように、ルアーは一つ一つが手作りだ。
ただの木端に旋盤、形成、塗装の技術を惜しみなく投入し、さらには生命が宿っているがごとく動きを持たせる。
それらの全ては釣りの道具を超越し、芸術品の域に達するものばかりだ。
だから、投げたくないのだ。
投げたら岩盤にぶつかりボコボコに傷がつく。
高い木の枝に引っ掛かり、回収不能になる危険性もある。
釣りを始めて3ヶ月目に、遂に私はボートを手に入れる事になった。
理由は、引っかけてロストしそうになったルアーを回収するためだ。
そして白状しよう・・・・。
釣りを始めてから7年間。
私は魚を釣り上げた事がなかったのだ。
理由は簡単だ。
まずはロストを恐れてルアーを投げないのだ。
一度の釣行で10回も投げないのだ。
次に、湖沼の絶景に圧倒され、自然の驚異に飲まれ、釣りどころではなくなってしまう。
もっとも大きな理由は、「こんなルアーで魚など釣れるわけがない」という不信感だ。
竿を振らなければ、魚など釣れるわけがないではないか。
しかし、この7年間、釣りに対する情熱は冷めるどころか加速の一途をたどる事に。
魚を見ぬまま、数え切れない程の道具、そして書籍、日本全国への遠征。
「只巻キ会(タダマキカイ)」という釣りのチームも作り、多くの友達を巻き込んできた。
その内、私はまだ見ぬ魚に恐怖感さえ覚えるようになっていた。
会えないからこそ魚に対する誇大なイメージが増殖し続けた。
「もしも釣れたらどうしよう」
そのため、「釣れたら引退」という掟を定めた。
しかし、それでも幾度と無く危うく引退の危機に見舞われた。
1日3回も釣り上げそうになった事もあったのだ。
これがそのシーンだ。
一般的な釣り用語で、釣れなかったことを「ボウズ」というらしいのだが、
そもそも釣りをしている意識のない我々は「異常なし」という言葉で表現している。
また、釣りに行くことを「パトロール」と呼ぶ事で釣果0の言い訳にしていたのではないかと今となっては思うのだ。
「異常あり」の瞬間
そして、遂にその時はやってきた。引退の時だ。
いつものようにパトロールに出た。
しかし、いつもと違う事が一つ。
その日は本場関西からやってきた初のメンバーとの合同パトロールであった。
奴らは半端じゃない。釣る気満々の気概に溢れ、頭から湯気を吹き出している。
大阪から来た奴らは、休む暇もなく、ルアーを投げてはリトリーブを繰り返す。
ボートを走らせながら、魚の潜んでいそうなストラクチャーを的確に、そして俊敏に攻め続けていくのだ。
「無理だ。私のパトロールスタイルとは違いすぎる」
初めて見る、本物の釣り師の精度の高いキャスティング技術と超ハイペースなリトリーブに圧倒されているまさにその瞬間。。。。。。。
静まり返った水面を割り、黒光りする巨大な物体が私のやる気無く投げたルアーに激しく襲いかかった!!!
魚は針を外そうと、必死のジャンプでエラ洗いをし、左右に突進する!!!!!!
しかし、驚いたのは自分のあまりにも冷静沈着な魚とのファイトだった。
そう、いつ来るとも知れないその瞬間のために完璧なイメージトレーニングを7年間もの間繰り返し繰り返し頭の中でシュミーレートし続けてきたのだ。
まるで、何かに憑依されロボットのように身体をコントロールされたような感覚である。
目の前で繰り広げられる魚と自分との綱引き。
生き物が命がけで引く力強さを言葉で表現する事は不可能だ。
「異常あり」だ!!
正真正銘の「異常あり」だ!!!!
人間は身勝手なものだ。このファイトを経験した後、すんなりと「掟」が改正された。
「釣れたら引退案廃止」
魚とは、また会う約束をして、キャッチアンドリリースをして別れた。
掟を破った事でバチが当たったのか、カメラを水中に落とし、びしょ濡れになりながら回収した。
そんな事はどうでもいい。濡れても構わない。むしろ嬉しい。
なんと言っても「異常あり」なのだ。
帰り際、車のタイヤがパンクした。
そんな事はどうでもいい。
なんと言っても「異常あり」なのだ。
引退を撤回し、その後もパトロールに出陣する度に毎回必ず魚を手にするようになった。
これはどういう事なのか??
答えは簡単だ・・・
普通に釣りをするようになっただけだ。
普通にルアーをキャスティングするようになっただけだ。
特別な事は何もない。
しかし、釣れなくても全く悲しくない。むしろ嬉しい。
楽しみが次に持ち越されるから。
沼とめ
私はこの釣法を生涯続けていくだろう。
釣れても、釣れなくても楽しいこの釣りに魅了され続けている。
大自然と向き合い、生き物に遊んでもらう楽しみ。
雨の日は拘りの道具を手入れする楽しみ。
一人で無を楽しみ、また仲間とボードの上でくだらない話でバカ笑いする楽しみ。
最後に釣りの名言をひとつ。
「釣り竿とは一方の端に釣り針を、他方の端に馬鹿者をつけた棒である。」
サミュエル・ジョンソン
沼の入り口が大きな口を広げてあなたを待ち構えている。
あなたもまだまだ遅くは無い。一緒に沼の住人になろう。