爆心地のネオンサイン 小田原のどか個展『STATUMANIA 彫像建立癖』に寄せて

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《↓》(2015年 撮影:Kazuhiro Uchida(Life Market Co., Ltd.)) © Nodoka Odawara All rights reserved.

《↓》(2015年 撮影:Kazuhiro Uchida(Life Market Co., Ltd.)) © Nodoka Odawara All rights reserved.

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戦後間もない1946年から1948年までの二年間、長崎市松山町に一本の巨大な矢印が突き刺さっていた。「原子爆弾中心地」と記されたこの矢羽型のモニュメントは、1945年8月9日、長崎の上空約500メートルで原子爆弾が炸裂した、まさにその場所を指し示すために建てられたものだ。

毎日新聞長崎版 昭和22年8月9日付より

毎日新聞長崎版 昭和22年8月9日付より

彫刻家・小田原のどかの代表的な作品《↓》は、この矢羽型標柱をモチーフにしている。ネオンガスを封じ込めた細長いガラス管をつなぎ合わせ、その両端に高電圧をかけると、赤く輝く矢印の輪郭線が浮かび上がる。歴史に埋もれてしまったモニュメントを、ネオンサインとして現代によみがえらせようという作品だ。

《↓》(2014年 撮影:西澤諭志) © Nodoka Odawara All rights reserved.

《↓》(2014年 撮影:西澤諭志) © Nodoka Odawara All rights reserved.

現代美術に慣れ親しんでいる人なら、この作品の狙いもすぐにピンとくるかもしれない。原爆投下後の焼け野原、そこに建てられたモニュメント、そして矢印という特徴的な形……。これらを手がかりにすれば、だいたい次のようなストーリーを思い描くことができる。矢羽型標柱を再現することで、私たちの生きるいま・ここに「原子爆弾中心地」を出現させること。それによって、戦後日本の起源にある大量死の記憶を呼び起こし、日常にまどろむ私たちを目覚めさせること――。

けれども、これは罠である。たしかに、作家のステートメントや、併せて展示されている当時の写真資料などは、こうした「啓蒙的」な解釈を支持しているようにも思える。しかし、そこからは、作品の最もわかりやすい特徴についての考察が抜け落ちている。その特徴とは、この矢印が、木でも青銅でも粘土でもなく、“ネオン管”で作られているということだ。

なぜネオン管なのか? 原爆の光(ピカ)を連想させるためだろうか。だが、ネオン管の明かりは、突き刺すような光というよりも、じんわりと染み通ってくるような光だ。美術史への目配せだろうか。だが、ネオン管や蛍光管を用いたライト・アートの流行は、1970年代頃までにおおむね終息している。

とすれば、わざわざネオン管を使う理由はひとつしかない。ネオン管自体の効果や文脈、歴史などを引用するため、すなわち「原子爆弾中心地」のモニュメントを、歓楽街の軽薄なネオンサインで置き換えるためだ。

撮影:西澤諭志 © Nodoka Odawara All rights reserved.

撮影:西澤諭志 © Nodoka Odawara All rights reserved.

ネオンサインは、20世紀初頭のフランスで発明された。1920年代にはすでに日本でも採用されていたが、本格的な普及は、戦後の高度経済成長期を待たなければならない。日本経済の急速な発展とともに、屋外照明広告としてのネオン管の需要は飛躍的に伸び、都市の夜景を劇的に変えていった。ネオンサインの輝きは「日本の高度経済成長が放つ時代の光彩」(※1)であり、「平和と経済発展の象徴」(※2)だった。その残照はいまも各地の歓楽街を照らし、私たちの欲望を刺激し続けている。

作品にネオン管を使うということは、つまり、こうした歴史的文脈を踏まえることを意味している。戦後日本の起源へと一足飛びにタイムリープするのではなく、そのあいだに横たわる70年以上の歳月を、すなわち「平和と経済発展」のプロセスをくぐり抜けること。それがどれほど欺瞞と虚飾に満ちたものだったとしても、私たちは都合よくこの歴史をなかったことにはできない。

だから、この矢印の作品は、観賞者を「目覚めさせる」ことを企図したものではない。むしろその逆である。ネオンサインとは、私たちを「平和と経済発展」にどっぷり浸したまま、酒や煙草、性、その他の嗜好品への欲望を呼び起こし、消費の快楽へと誘い込む装置だった。そして作家は、これとまったく同じ手法を用いて「原子爆弾中心地」を指し示そうとする。言ってみれば、私たちは酩酊したまま、平和ボケのまま、夢見心地で戦後史の起源へと迷い込むのだ。

ネオン管の明かりは、理性と啓蒙の光ではない。それは歓楽街の照明広告がそうであるように、「人間の深層心理に訴える力」(※3)を持つ光、無意識に働きかける暗い光だ。けれども、日常にまどろみ、欲望にまみれながら、それでも歴史への通路を開こうとする者にとって、この光はおそらく唯一の道しるべである。

撮影:西澤諭志 © Nodoka Odawara All rights reserved.

撮影:西澤諭志 © Nodoka Odawara All rights reserved.

 

さて、京都造形芸術大学が運営する京都市内のギャラリー「ARTZONE」では、3月19日(日)まで、小田原のどか個展『STATUMANIA 彫像建立癖』が開催されている。今回はここで紹介した矢印の作品に加えて、ネオン管を使った新作も展示されている。3月10日(金)には、愛知県美術館の学芸員である平瀬礼太とのトークイベントも行われるとのこと。また、3月11日(土)から5月21日(日)まで広島の「アートギャラリーミヤウチ」で開催される企画展『テレポーティング・ランドスケープ』でも、矢印の作品が展示される。

ドイツのある批評家は、かつて「広告をこれほどまでに批評より優れたものにしているのは何か」と問うたことがある。それに対する彼の答えはこうだ。「赤く流れる電光文字が語る内容ではない。アスファルトの上でそれらの文字を映して、火のように輝いている水溜まりである」。ぜひ実際に展示会場を訪れて、体感してみてほしい。

 

※1:全九州ネオン工業協同組合WEBサイトより(www.zenkneon.com/cont1/main.html)
※2、3:公益社団法人 日本サイン協会WEBサイトより(www.sign-jp.org/)

イベント情報
小田原のどか個展『STATUMANIA 彫像建立癖』

日時:2017年3月4日(土)〜3月19日(日)
会場:ARTZONE
http://www.odawaranodoka.com/

 

イベント情報
テレポーティング・ランドスケープ

日時:2017年3月11日(土)〜5月21日(日)
会場:アートギャラリーミヤウチ
http://miyauchiaf.or.jp/agm/exhibition_tl.html
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