『食神さまの不思議なレストラン展』 和食を通じて、“食神さま”に会いに行く午後
東京の片隅で、お金をかけなくても想像力とユーモアで楽しく生活していくことを目指す、森田シナモンによる連載企画『東京の片隅で、普通に、楽しく生きていく』。毎回、さまざまな「午後」を探しながら、東京カルチャーの現在を切り取っていきます。末広がりの第八回は、『見て食べる体験型デジタルアート「食神さまの不思議なレストラン」展』へ。今回は私なりに発見した見所と鑑賞のポイントを中心にレポートしたいと思います。
伝統文化で、日本橋を発展させるアートプロジェクト
食神(たべがみ)さまのレストランは和食のレストランです。和食は、「日本人の伝統的な食文化」としてユネスコの無形文化遺産にも登録されていますが、私たちは残念なことに、その文化をうまく継承できていないように思われます。展示にも出てくるのですが、「かぼちゃ」ってどの季節の食べ物でしたっけ? 「利休箸」ってお箸をご存知でしょうか?(私は知りませんでした!) そんな、日本人が大切にしてきたはずの文化を見直そうというのがこの展覧会の趣旨のひとつです。
エントランスの様子。 『江戸の秘密』展も同時開催中
東京がロンドンやパリよりも人口が多かったといわれる江戸時代。その中心ともいえる日本橋では、モノ、ヒト、コト、が華やかに行き交っていました。そんな街として再び日本橋界隈を発展させようと発足したのがこのアートプロジェクト。日本の伝統文化をもう一度見直すアート展を日本橋で開催する、という事にはそういったプロジェクトの想いが込められているそうです。
世界最高峰のアート集団が手にしたのは、和食の本、そして古事記
今回のアートを手がけたのは、カナダから日本初上陸の『モーメント・ファクトリー』(以下、M・F)。日本では、シルク・ドゥ・ソレイユが有名かもしれませんが、カナダのケベック州で開催された『フォレスタルミナ』に感銘を受けた主催者側からの猛アピールと、彼らが非常に日本好きだったこと、そしてアジア拠点を東京に置きたいと考えたタイミングが相まって、このレストラン展の開催が実現したそうです。
「○○を作って下さい」といった、クライアントが指定した物をただ作るようなオファーには応じないといわれているM・F。そこで彼らが手にしたのは、和食の本、そして古事記(日本最古の歴史書)だったと聞きます。そこから彼らが「美しい」「可愛らしい」「神秘的」など、日本文化として素晴らしさを感じたままに作品にしたのが、会場で出会う4つのアートになったそう。では、その4つのアート作品の見所をご紹介していきます。
①まずは「四季の谷」にでかけよう
美しい日本の四季と旬の食材を知るインタラクティブコンテンツ
天井から下がったスクリーンと提灯の狭間を進むとそこは『四季の谷』。ここからスタートです。スクリーンに映る提灯に手をかざしてみて下さい。かわいいキツネ、ウカが四季の谷をガイドしてくれます。ウカは、穀物・食物の神様である宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)にお使えしていたキツネ。作品の美しさとウカのおしゃべりに、日本がとっても素敵な所だった事を思い出させてくれます。かぼちゃの旬がいつだったかもきっと思い出せますよ。
ポイント:提灯以外の植物、動物そして、ウカの姿にも手をかざしてみて! 季節が変化をとげていきます。
声の担当は、乃木坂46の松村沙友理さんと若月佑美さん。かわいくて、親しみのある声がガイドしてくれます。
②食材の気持ちになってみよう
続いての作品では、なんと、私たちが食材になってしまいます。「焼く」「煮る」「揚げる」「蒸す」という和食の基本的な調理方法をアーティステックに体験できます。作品(7層になったスクリーン)の前に立つときに、「自分はお鍋の中の食材だ」と想像してみるとより楽しめるかもしれません。ここでは、M・Fの圧倒的な技術力と世界観を楽しみましょう。なお、映像はもちろんのこと、使われている音がものすごくかっこいいです。ラボを持つM・Fは、音作りも自身で行っているそうです。心地よくて、迫力があって、新鮮で、ストーリー性がある音と映像が、ぐんぐんM・Fの世界に引き込んでくれるはずです。
ポイント:スクリーンの近くでからだを動かすと、音や光が変化します。調理されてる気持ちになって、動いてみよう!
③日本の食アイテムをアートで学ぼう
3番目はお勉強コーナーともいえる作品。スクリーンに手をかざすことで、「出汁」「発酵」「酒」「道具」への知識を学ぶことが出来ます。先述の「利休箸」もこちらに登場します。なぜ食材以外の「道具」も入っているのかというと、「器や箸など道具に拘って完成するのが和食」とのこと。そうでした、そうでした。体によくて見目麗しい和食。それを作る、食神さまの叡智をここでしっかり享受しましょう。
ポイント:M・Fが日本文化で最も神秘的に見えたのが「神社」だそう。そのため背景は全て神社のお社になっています。その他スクリーンに映し出されているものは全てM・Fお気に入りの日本のオブジェクト(漆の重箱や手鞠など)とのことです。
④お米と対話してみよう
最後は、M・Fが持つ、日本にはない哲学をみせつけられる作品。なんと、直径1.8mのお椀に入った200KGのお米と直に触れ合えるアートです。お米に触れると、お米に投影された映像が変化したり、スキャニングされた動きがスクリーンに映し出されたりと楽しい演出が繰り広げられます。
これ、お米なのです。
本展のとある作品の中で、金粉がお米に変化するシーンがあります。その昔、日本ではお米は年貢として納めたようにお金と同様であり、お米を巡って様々な歴史が刻まれてきました。お米は日本の歴史とは切り離せないものだったはずです。ですが、昨今お米を食べる人は少なくなっていると聞きます。でも、この作品を通してお米と対話を始めてみると、お米って本当にいい香りがして、透き通っていて美しい姿をしていることがわかります。手からこぼれるときに何とも言えない綺麗な音をたてます。そして不思議と懐かしいような気持ちがしてくるのです。お米は私たちにとってかけがえのないものだということを、このアートが教えてくれているかのよう。もしかすると、M・Fは「日本人はやっぱ米でしょ!」と言いたかったのかもしれませんね。
食べて完成するアート展
さて、このアート展は実際に食べることで完結します。「神様のおいなり」が来場者全員にふるまわれますので、ぜひお忘れなく。このおいなりは、関西風の三角形です。ウカの耳の形をイメージしているそうですよ。
神様のおいなり 具は、五穀豊穣の神の使いであるウカにちなんで、五目(牛蒡・人参・椎茸・ひじき・いり胡麻)です。
その他にも、「出汁香る稲庭うどん」「味噌と出汁の相性を考える三種の味噌汁」をはじめ、日本酒や甘酒、希少な発酵食などのたくさんのメニューが楽しめます。なお期間限定で、現在提供中の有名料亭『菊乃井』の村田吉弘氏による「白い茶碗蒸し」や、高級フランス料理店『ジョエル・ロブション』の和テイストのフレンチなどが登場する予定とのこと。うーん、全部いただきたい。どれだけおなかをすかせて行けばいいのでしょうか……。
出汁香る稲庭うどん
味噌と出汁の相性を考える三種の味噌汁
菊の井 村田吉弘氏 白い茶碗蒸し
作品を見た後に受け取るおいなりは、これまでと違った、特別なおいなりに思えてきます。それこそ、「おいなりさん」って呼びたくなるはずです。そして、心から「いただきます」と口にすることでしょう。日本の四季や自然が恵んでくれる、大切ないのちを敬い、感謝し、いただく(食べる)という行為自体が、実は美しいアートなのかもしれない……そんなことを想えた午後でした。
今回の『食神さまの不思議なレストラン』展は茅場町で開催されていますが、食神さまは、実は自然や食べ物を大切にする、その気持ちの中に宿られるのかもしれませんね。一人で会社のデスクでご飯を食べるときも、ちょっとこの神さまのことを思い出して見ようと思います。皆さんも、食神さまの存在を感じに、まずは日本橋・茅場町にお出かけになってみてはいかがでしょうか。
ちなみにこの写真、合成ではないそうです。炊飯器を担いで森に入り、周りの木々も、苔むした岩も、全て自然のままだそうです。かっこよすぎませんか。