上海歌舞団の舞劇『朱鷺』は一体どんな公演なのか 朱潔静(ジュ・ジエジン)、王佳俊(ワン・ジヤジュン)にインタビュー
(左から)王佳俊(ワン・ジヤジュン)、朱潔静(ジュ・ジエジン) 撮影=髙村直希
2015年に全国30会場で上演され、12万人もの客席を動員した上海歌舞団「舞劇『朱鷺』-toki-」。朱鷺(トキ)の精と人間の青年との種族も時空も超えた愛を描くこの舞劇が、再び来日公演を行なうこととなった。朱鷺の精を演じる朱潔静(ジュ・ジエジン)、人間の青年を演じる王佳俊(ワン・ジヤジュン)のプリンシパルの二人に、作品への思いを訊いた。
――まずは“舞劇”についてご説明いただけますか。
朱:日本には、例えば歌舞伎や宝塚歌劇といった音楽劇があると思いますが、踊り以外に歌やセリフが含まれていると思います。一方、舞劇とは、歌やセリフといった口から出るものをすべてなくして、踊りだけによって物語を表現していくものです。そして、「バレエ舞劇」「中国古典舞劇」といった言い方をしてジャンルを表します。例えば「白鳥の湖」はバレエ舞劇になりますね。では、『朱鷺』がなぜ何もつかない“舞劇”かというと、ある特定のジャンルのものにしたくなかったから。この作品の中には、バレエ、コンテンポラリー・ダンス、中国古典舞踊、民族舞踊といったさまざまな要素が含まれています。それはあくまで、私たちが物語を語る上で、演技を助けるために含まれているのです。また、この舞台をアジアのみならず世界中で上演していくためにも、特定のジャンル分けは不要に思いました。
さまざまなジャンルのダンスの要素が含まれていますが、場面によってここはバレエ、ここはコンテンポラリーという風に分けているわけではなく、その場面でどのような情感を描きたいかによって手法を変えています。例えば二幕で朱鷺の精が哀しみを踊る場面では、コンテンポラリー・ダンスの言語によって表現することがしっくり来ます。24羽の朱鷺の群舞は優雅さが必要とされますが、ここではバレエの手法を用いています。朱鷺の精と人間の青年が出会う場面では恥じらいと好奇心が表現されますが、ここは中国古典舞踊の手法がぴったりです。場面や人物によってダンス言語を変えるのではなく、そのとき表現したい情感にもっともしっくり来るダンス言語を用いているのです。
朱鷺の精 役:朱潔静(ジュ・ジエジン) 撮影=髙村直希
――そのような舞劇を踊る上で、お二人はこれまでどのような訓練をされてきたのですか。
王:まず、日本で言えば中学生になる年齢に、専門の舞踊学校に入ります。これは6年制です。その後、4年制の舞踊大学に進みます。この10年間で中国の伝統舞踊を習います。伝統舞踊には古典舞踊と民族舞踊が含まれています。中国は多民族国家なので、少数民族も多く、その各民族の舞踊を学びます。卒業後、団に入ってからバレエとコンテンンポラリー・ダンスを習います。団では3~5年に一度、新しい舞劇を創作していますが、その作品に必要となればみんなで一緒にまた新たな舞踊言語の習得に励みます。
人間の青年 役:王佳俊(ワン・ジヤジュン) 撮影=髙村直希
――『朱鷺』の創作にあたってはいかがでしたか。
朱:この作品については、既存の舞踊言語ではなく、トキという鳥を表すための舞踊言語を自分たちで発明し、創作していったという感じです。もしかしたら既存の舞踊言語の何かに似ているように見えるかもしれませんが、でもやはり違う表現になっていると思います。『朱鷺』のためのトキ・ダンスと言ってもいいかもしれませんね。例えば、こうやって首を動かすしぐさは、トキを表現する以外には使われることはないと思います。動物園に行ってトキを観察し、研究して、稽古場にそれを持って帰って舞踊言語へと発展させていったという感じです。
2人そろってトキを表現 撮影=髙村直希
――“トキ”は中国においてはどのような存在の鳥なのですか。
朱:日本では2003年に最後の日本産トキが絶滅しましたよね。中国では1984年に山西省で大人4羽、子供3羽の計7羽が発見され、以来大切に保護されてきました。その子孫が今、日本も含め世界各地に広がっていっているというわけです。トキは生存能力が非常に弱く、少しでも空気が汚かったりすると生きていけない鳥です。中国でも野性のものは特に少なく、人工ふ化させ、雛鳥が大人になってからやっと外に出す。でも外に出してからも要観察で、学者がずっとトキをフォローしている状態です。大きな音がするところでも生きていけないので、“トキ=環境保護”というイメージがありますね。
――日本にも「朱鷺色」(ピンクの一種)という言葉があるくらいですし、かつては非常に親しまれていた鳥だったと思います。
朱:日本の方は本当にトキがお好きですよね。初めて日本に来たとき、電車で新潟の佐渡に行ったんです。すると、佐渡の街全体がトキのキャラクターにあふれていてびっくりしました。コップから何からいろいろなものにトキがあしらわれていて、トキはこんなにも日本で愛されているんだなと思ったんです。そのとき、トキを題材にした舞台を作ることで、中国と日本とのつながりを皆さんに感じていただけるのではないかと思いました。トキを題材にした中国の古典舞踊というものはありませんでしたし、切手にあしらわれていたり、教科書に登場したりはしますが、中国の若者にとってトキはあまり親しまれている鳥とは言えません。中国ではトキは「朱鷺」ではなく、ものすごく難しい漢字を書くので、読めない人も多いんです。今回私たちが舞劇にしたことによって、中国の人々の間でも少しトキに親しみがわいたのではないかと思います。
トキのポーズ 撮影=髙村直希
――二年前の来日公演に参加して、日本の観客の反応をどう感じられましたか。
王:日本の観客の反応は中国の観客と全然違いました。びっくりしたのは、とてもマナーがよくて、携帯を取り出して舞台を撮影するような方はおらず、非常に真剣に舞台を観てくださったこと。終わったら熱烈な拍手をしてくださって、その姿を舞台上から見ていて僕が逆に感動してしまいました。いつまでも終わらないような拍手に本当に心が動かされました。
朱:日本のお客様は作品を理解する力が非常にあるなと思いました。その上でとてもほめてくださって、この『朱鷺』という作品に対して敬意をもってくださったのもうれしいことでした。アーティストに対し、何とか自分の感動を伝えようと、ファンレターを書いたり、贈り物をしたり、そんな思いにもあふれている方が多く、中国と日本とを近づけることができる作品なんだなと、私自身、感動しました。上海でこの作品を作り始めたときには想像もつかなかったことでしたから。人々の心を近づけてくれたこのトキという鳥に感謝しなくてはいけませんね。
王佳俊(ワン・ジヤジュン)、朱潔静(ジュ・ジエジン) 撮影=髙村直希
――コンビを組んで感じるお互いのダンサーとしての魅力とは?
朱:王さんは自分のすべてを本当に安心して任せられるダンスパートナーですね。男性ダンサーはリフトしたり回したり、女性ダンサーが無傷であるように保護しながら美しく踊らせなくてはいけない、それは本当に大変なことだと思うのですが、王さんに対しては100パーセントの信頼がありますね。安心して寄り添っていられる存在で、私にとって理想のダンスパートナーです。
王:朱さんは非常に内なる力のある女性ダンサーです。性格美人でもあります。踊っていて、女性ダンサーがまったく力を入れずに100%よりかかってきてしまうと、こちらとしては非常に大変なんです。例えばリフトで羽根のように軽い演技をしているとしても、女性ダンサーが身体の中で力を入れていないと、リフトしている方が本当に大変なことになってしまう。その点、朱さんは身体の芯がしっかりとしていますし、しかも目と目で合図をすればすべてがわかるような阿吽の呼吸があって、非常に踊りやすい相手ですね。
王佳俊(ワン・ジヤジュン)、朱潔静(ジュ・ジエジン) 撮影=髙村直希
インタビュー・文=藤本真由(舞台評論家) 撮影=髙村直希
■日程・会場
<東京公演>
2017年8月29日(火)~8月30日(水) Bunkamura オーチャードホール
2017年9月6日(水) ~9月10日(日) 東京国際フォーラム ホールC
2017年9月2日(土)~9月3日(日) 愛知県芸術劇場 大ホール
2017年9月13日(水)~9月14日(木) オリックス劇場
上海歌舞団
メインダンサー:朱潔静(ジュ・ジエジン)〈プリンシパル〉/王佳俊(ワン・ジヤジュン)〈プリンシパル〉
■公式サイト:http://toki2017.jp/