アル☆カンパニー新作『荒れ野』でKAKUTAの桑原裕子が劇作・演出で初参加、そして平田満の伝えたいことがもう一つ……
『荒れ野』
俳優の平田満と井上加奈子が、企画プロデュースするアル☆カンパニー。毎回、二人が丁寧にコミュニケーションを重ねて“共感”でつながる劇作家、演出家、俳優を結集させ、大人が楽しめる演劇づくりを行っている。近年は、平田が芸術文化ディレクターを務める穂の国とよはし芸術劇場PLATとの共同制作で、拠点とも言える新宿三丁目の「SPACE雑遊」だけでなく、豊橋公演も定着している。そして、新作としてはアル☆カンパニーで初の女性劇作家・演出家、KAKUTAの桑原裕子を迎え『荒れ野』を上演する。
【ストーリー】
S市西町にある集団住宅「西の森団地」のD棟4階に位置する加胡路子(井上加奈子)の家。12月半ばの日曜の深夜。部屋ではひと組のふとんに路子と、老年の男・広満(小林勝也)、ケン一(中尾諭介)が横たわっている。と、街の暗闇にサイレンが響き、爆発音が幾度となく起きる。そこに路子の携帯電話が鳴る。電話の主は窪居藍子(増子倭文江)、路子の友人だった。近所のショッピングセンターが火事になり、住居に燃え移る危険があるため避難させてほしいという。30分ほどしたところで路子の夫の哲央(平田満)、路子、娘の有季(多田香織)の順で家族が団地にやってくる。なぜか鍋食事を始める6人だったが、次第に路子と哲央、そしてそれぞれの人間関係が浮き彫りになっていくーー
アル☆カンパニーはスケジュール優先ではやらない。劇作家と僕ら、本当にやりたいという気持ちになることが大事
平田満
ーーアル☆カンパニーではこれまで、青木豪さん、蓬莱竜太さん、前田司郎さん、松田正隆さん、田村孝裕さん、三浦大輔さんという劇作家さんとタッグを組まれています。選ぶ視点はどんな感じでしょうか?
平田 まずは僕らの年代が見て面白いか、自分に引きつけたときに何か通じるものがあるか、という視点は大事にしています。あとは劇作家の方が僕らのようなマイナーなカンパニーで、小人数の芝居を面白そうだと思ってくだされば、ということですね。それと僕個人ですが、マイナーな人物が好きなんですよ。今まで演じてきた役を振り返るとまさにそうで、嫉妬深くて離婚したあともぐずぐずしている旦那とか、子どもに対して対処できないダメな父親だとか。僕の最初の食いつきがそこなんです(笑)。かっこいい路線とか、よく書けているけど深刻な話を延々するとか、そういう作品には腰が引けてしまう。僕らは旬の劇作家さんを選んでいるように見えるかもしれないけれど、まず僕らの真意を伝えるところからやりとりするので時間はかかります。お互いに本当にやりたいという気持ちになることが大事。スケジュール優先でやってはいけないと思っています。ですからうまくはまらないこともある。そういう意味では“縁”ですよね。
ーー桑原さんはアル☆カンパニーの新作では初の女性劇作家です。どんなところに惹かれたのですか?
平田 桑原さんが手がけた芝居を見始めたときから、いろんな年代の方、演劇好きな方、さほど見ない方でも楽しめるものを書かれるという印象を持っていました。そこが重要なので。
ーー桑原さんはお話をもらっていかがでしたか?
桑原 もともと私にとって平田さんはすごく遠い存在。つかこうへいさんの映画などを見て育っていますから憧れがありましたし、お声がけいただいたときには「え、平田さんが?」と思いました。でもお稽古を通して、手の届かない、尊敬する俳優さんというところから、今は一緒にいろんなことを探り合ったり、わかち合ったりすることで、人として俳優としての面白さ、魅力をすごく微細なところからも発見しているところです。そして今は充実した迷路の中(笑)。皆さんであっちに行ってみたり、こっちに行ってみたりしている感じが面白いんです。これは必要な遠回りだと思えて。だからたくさん話し合いますし、私も伝える言葉を考える時間がすごくある。その時間が味わいを濃くしているのがわかるんです。
平田 でも登場人物たち自体が、思いを身体の中にぐっと入れて、消化し、熟成させて言葉を発するというんじゃないんですよ。そして全員が巻き込まれ型。つまりその場その瞬間に身体が反応することでいろんなものが生まれてくる。だからとりあえず演じてみて「こういうことか」と後からわかることが多いんです。苦しみながら楽しい稽古場かな(笑)。なおかつとても細かいダメ出しが多くて。心のダメ出し以上に、出入りやちょっとした間合いへのダメ出しが。僕のコンピューターは記憶容量ぎりぎり。でもそれが面白い。実は高度な作業をやっている気がします、お客さんには全然高度な人間には見えないと思いますけど(笑)。
「会話劇」でありながらも登場人物の心の中が大きく揺れ動くという戯曲を書いてみたかった
桑原裕子
ーー話を戻します。この座組みでこういう設定を考えた経緯から教えていただけますか?
桑原 井上加奈子さんと増子倭文江さんの出演がまず決まっていらっしゃっていて、平田さんから「おじさんを描く作品が多かったから、女性をフィーチャーしてみたい」というお話はありました。でも女の友情なのか対立なのか、どんな形でかは一切なくて。あとはせっかくだから劇団ではできないことをやろうよと。
ーーとても大人っぽい心理劇ですよね。いい意味で驚きました!
桑原 驚いてくださいましたか! KAKUTAは青春群像劇から始まって、30代になると大人の方の鑑賞にも耐えうる、5年先も見られる普遍的なものをと考えるようになったんです。そして近年はプロット重視というか、ミステリーなどいろんな筋を交錯させた脚本が多い。それに対して今回は、会話劇でありながら登場人物の心の中がジェットコースターのように揺れ動くものをやってみようと思ったんです。言っていることと心の中が全然違う、しかもそれが同時多発でたくさん存在する。30代はいかに思いの丈をぶちまけるかを考えていたんですけど、40代になって、そうそう言いたいことも言えない息苦しさを社会にも感じて、しがらみとかよく言いますけど、誰もがなかなか正直になれないということにトライしてみようと思ったんです。誰がどうしてこうなったという物語ではないので、ついついわかりやすい展開に持ち込みたくなる自分をセーブして書きました。すごく難しかったです。
平田 大丈夫です、全然わかりやすくないです! あ、それは役者にとってですけど(笑)。
ーー女優さんお二人を立たせるときに意識したのはどんなことですか?
桑原 加奈子さんと増子さんはお稽古していても対照的というか、タイプがまったく違うんです。だからわかりやすい対立軸を設定しなくても色の違いがはっきり出てくる。二人をギュッと寄せようと思ったときに、その間に挟まれている平田さん演じる哲央を書いているみたいな感覚がありました。哲央が翻弄されて、声を荒げるうちに女性たちそれぞれの色が見えてくる。それは無理に書こうとしたわけではなく、3人の関係で自然にできあがったもので、さらに外から入り込んでくる嵐のような3人と、まぜこぜになってできあがっていきました。
ーーそうそう大ベテランの小林勝也さんの謎っぷりが面白いです。
桑原 私も贅沢だなって思います。最高ですよ、勝也さん。そこにいらっしゃるだけでおかしくて、目が離せなくなってしまう。
平田 僕らからしたら離してよ!ですけどね(笑)。勝也さんが出てきたら絶対なにかあるぞと見てしまう。
ーー平田さんはこの本をもらったときにどんな感想を持たれましたか?
平田 深くて、楽しくて、笑えて、グッとくるいい本だなあとうれしく思いましたよ。ただ自分がやると考えたときは戸惑いました。
桑原 前半はひたすらドタバタしてますしね。
平田 うん、どう収拾つけるんだろう、最後までこの調子だったら疲れるぞと(苦笑)。それが後半になってキューっと集約していく。武者震いがするというよりは、貧乏武者震い、なんかわからないけどぶるっとくるそんな感じでした。幕切れも意外とあっさりですよ。でもあっさり感が大人なんですよ。
桑原 それは大オチみたいなことを書かないで、本人たちが自ら動き出すという部分を見たかったんです。リスタートの一歩はささやかでいい。実はそれが今の私にはすごく大事なことのように思えたんです。皆さんの芝居を見ていると面白いし、自分にとって新しいことをやれているんだという実感もある。展開をどうするかだけではなくて、人ってこういうものかもしれないね、そんな気持ちがあるかもしれないよねって、心の揺れをベテランの役者さんたちが一緒になって悩みながらつくっていけるのは本当に贅沢だと感じています。
『荒れ野』
穂の国とよはし芸術劇場芸術文化アドバイザーのバトンを次世代に
ーー平田さんが5年間務められた穂の国とよはし芸術劇場の芸術文化アドバイザーを2018年4月より桑原さんが引き継ぐことが決まりました。平田さんご自身が積み重ねてきたものについて教えてください。
平田 僕は役者ですので、やってきたことは基本的には芝居に出ることです。豊橋は僕の故郷ですが、演劇に特化した施設を建てると聞いて最初は大丈夫かなという思いはありました。でも意気込みを持って建てるのだし、とにかく認知してもらうということで僕に白羽の矢が立ったんだと思います。お話をいただいたときは恥ずかしいし、照れくさかったんですが、この年齢まで役者を続けられたのはいろんな方のおかげだし、恩返しのつもりでやってみようとお引き受けしました。800席の主ホール、200席のアートスペースでもいろいろやることができました。共演者の方々からも使いやすい劇場だとおっしゃっていただけて、フロンティアなんて大げさなものじゃないけれど、最初に道を歩いてみて、ここは歩けるよと伝えることができたとは思うんです。
ーー次の世代である桑原さんへはどんな期待をされていますか。
平田 今後の芸術的なことなどは、口では言えても、そのために何をしたらいいかは僕にはわからない。ならば次は自分発信でつくれる方、人を巻き込んで芸術として形にできる方がいい。そこは芸術文化アドバイザーとしては僕はやっていない領域だから、これからの可能性としてなんでもできる。そのためにはすでに何かを成し遂げた人よりは、今まさに脂がのっていて、どんどん新しくつくろうと意欲のある人がいいなあとずっと思っていました。そして桑原さんと出会うことができて、そういう劇場での仕事はどうかといろいろ相談していく中で確信したんです。
ーー桑原さん、では意気込みを!
桑原 私は劇団をやっていますが、その活動の中で劇場に育てられてきたと思っているんです。自分が40代になり、劇団も20年になった今、そろそろ自分も“育てる”ということを考えてもいいんじゃないか、演劇をつくって上演するだけではないかかわり方ができたらいいなと思ったんです。恩返しではないんですけど、私たちが劇場からいただいたものは、今度はPLATで少しずつでもお返ししていかれたら、人が集ってくださるような場所をつくっていかれたらいいなと思います。
平田 そうやってPLATを中心にネットワークを広げてください、劇場同士も、人同士も。演劇は単発では小さな力かもしれない。でもネットワークが多く広げることで心強くもあり、また相乗的な力が出るじゃないですか。そうなっていけばいいなと思いますし、それをお客さんが面白いと思って集まってくれればいいなと思います。
《平田満》つかこうへい事務所にて俳優活動をスタート。その後は映画・テレビ・舞台などに数多く出演。映画「蒲田行進曲」で日本アカデミー賞主演男優賞など受賞。舞台の主な出演作に、つかこうへい事務所『熱海殺人事件』『いつも心に太陽を』、松竹『ART』、新国立劇場『こんにちは母さん』、東京ヴォードヴィルショー『竜馬の妻とその夫と愛人』、明治座『居残り佐平次』、あうるすぽっと『海と日傘』、新国立劇場『シュート・ザ・クロウ』、PARCO劇場『海を行く者』など。2006年にアル☆カンパニーをスタート、これまでに14回(13作品)の公演を行う。
《桑原裕子》脚本家・演出家・俳優。KAKUTA主宰。劇団では作・演出を担当し、俳優としてほぼ全作品に出演。2010年「ランプリング・ハート」脚本、2010年から2013年にはホリプロ『ピーターパン』の潤色・作詞・演出、2013年に山下達郎「クリスマス・イブ30th ANNIVERSARY EDITION」初回限定脚本などを手がける。09年、劇団公演『甘い丘』再演の作・演出で平成21年度(第64回)文化庁芸術祭芸術祭新人賞を受賞。2015年『痕跡』で第59回岸田國士戯曲賞候補、第18回鶴屋南北戯曲賞受賞。
取材・文:いまいこういち