東京から前橋へ 萩原朔太郎に思いを馳せる、ちょっとしたアート旅【SPICEコラム連載「アートぐらし」】vol.15 遠山昇司(映画監督)

コラム
アート
2018.1.23

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美術家やアーティスト、ライターなど、様々な視点からアートを切り取っていくSPICEコラム連載「アートぐらし」。毎回、“アートがすこし身近になる”ようなエッセイや豆知識などをお届けしていきます。
今回は、映画監督の遠山昇司さんが、前橋市の芸術文化施設「アーツ前橋」と「前橋文学館」の共同企画展『ヒツクリコ ガツクリコ ことばの生まれる場所』について語ってくださっています。

いちばん古い家族との記憶。

思い出そうとして、しばらく立ち止まってしまいました。できれば、いちばん古い記憶までたどり着いて、その記憶を何十年ぶりに確認し思いを巡らせたかったのですが、今僕が思い出した記憶は、本当にいちばん古いものなのか……。それは、僕にさえ確証を得られるわけではなく、また記憶の底に沈殿していくような感覚でした。

小さい頃、僕は祖父の軽トラックに乗せられて、いろんなところを旅していたと聞いています。車窓からの風景、その動く風景とハンドルを握る祖父の無骨な手がかすかに蘇ってきました。それと、流れる風景に紫色がありました。何かの花だったような、その色のイメージと祖父の手が僕のいちばん古い家族の記憶なのかもしれません。

そう考えると僕は、小さな時から旅をしていたことになります。旅は今でも好きです。

この「いちばん古い家族の記憶は何ですか?」という問いかけをしている看板を見つけたのは、群馬県前橋市内のアーケード。今回は、前橋市の芸術文化施設「アーツ前橋」と「前橋文学館」の共同企画展『ヒツクリコ ガツクリコ ことばの生まれる場所』について前橋という街の風景とともにご紹介したいと思います。

ちょっとした旅。東京から前橋へ。

新宿駅から電車に乗って、まずは、群馬県の高崎駅へ向かいます。そして、高崎駅で両毛線に乗り換えて前橋駅へ。新宿駅から前橋駅までは、だいたい2時間ほど。都心の風景から徐々に田園風景へと変わり、てっぺんが雪で白くなっている赤城山が近づいてきます。

前橋駅に到着し、まずは、『ヒツクリコ ガツクリコ ことばの生まれる場所』展の会場のひとつとなっている「前橋文学館」へと歩いて向かいました。

僕は知らない街を回遊するとき、その街の商店街を巡るようにしています。そして、銭湯がある場合は、湯に浸かります。すると、観光地を巡るだけでは見えてこない、その街に住む人々の生活の風景や言葉が見えたり聞こえたりしてくるのです。ガイドブックには載っていないその土地の食べ物、言葉のイントネーションや知らない単語などが垣間見えてきて、その街を感じることへと繋がっていくと思います。

老舗のレトロなお店と最近の新しいお店などが混ざり合っている「中央通り」と「弁天通り」商店街を抜けると、広瀬川が現れました。

川沿いを歩いて、「前橋文学館」に到着。

オノマトペ ヒツクリコ ガツクリコ

ザーザー
ポタポタ
しとしと
ぽつぽつ
ぱらぱら
ぴちょん

この言葉を聞いたり見たりしたら、「雨」を思い浮かべることでしょう。これらは、「雨」のオノマトペです。オノマトペとは、音や様子を文字に移し替えた擬音語のこと。では、今回の展覧会のタイトルにもなっている「ヒツクリコ ガツクリコ」とは?

この「ヒツクリコ ガツクリコ」というオノマトペは、前橋生まれで大正から昭和にかけて活躍した詩人・萩原朔太郎の詩の一節で、前橋の夜の街を歩いていく様子を表しています。

私たちの日常生活の中には、まだ、言葉として現れていない光景や感情がたくさん潜んでいます。ある意味、言葉が溢れている現代社会において、私たちの知らない言葉がまだ存在していること。そして、新たな言葉が生まれる瞬間。たとえば、新国誠一さんの『雨』という詩からは、雨というものが視えてきたり、聴こえてくるような感覚が生まれるのではないでしょうか。

「前橋文学館」の前には、広瀬川が流れています。萩原朔太郎も広瀬川沿いの小道を歩いていたことでしょう。

「前橋文学館」から10分ほど歩くと「アーツ前橋」に到着しました。

最初の展示室いっぱいに飾られていたのは、絵本作家の荒井良二さんと小学生による共同制作の作品。「午後3時~4時までに耳に入ってきた音を書き出しましょう」という宿題をもとに、参加者の小学生が描いた絵と工作が飾られているというよりは、めいっぱい広がっているという言葉がぴったりな空間。

そこには、自分が思ったことを一生懸命伝えようとする表現の塊のようなものがありました。伝わってくるものがあるということは、そこには、伝えたい想いがあるということ。時に私たちは、言葉に表せない瞬間にも遭遇します。アート作品を鑑賞する際には、度々、訪れる瞬間です。

それでも、詩人やアーティスト、そして人は、その瞬間を言葉にしようとしてきました。どうにかして、伝えたい。切実な感覚が生まれる時に、言葉は生まれます。

十勝から始まり、宮城県の鮫ヶ浦、イタリア、そして今回の前橋を旅する中で、僕は僕自身が出会ってきた風景や感情を言葉にしてきました。旅の中でアートに出会い、アートを鑑賞する中で旅をしてきました。

どこかへ向かって歩き、やがて誰かや何かと出会う。

目的があってもいいですし、気ままでも。

ヒツクリコ ガツクリコと。

イベント情報
アーツ前橋×前橋文学館共同企画展
ヒツクリコ ガツクリコ ことばの生まれる場所【終了】


 日時:2017年10月20〜2018年01月16日
 アーツ前橋公式サイト:http://artsmaebashi.jp/
 前橋文学館公式サイト:http://www.maebashibungakukan.jp/
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