俳優・井上芳雄インタビュー 『至上の印象派展 ビュールレ・コレクション』音声ガイド収録で感じた、美術と演劇の共通点
井上芳雄
「絵画史上、最強の美少女」と讃えられる、ルノワールの《イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)》が来日する『至上の印象派展 ビュールレ・コレクション』が、東京・六本木の国立新美術館にて、2018年2月14日(水)より開幕する。ドイツ生まれの実業家、エミール・ゲオルグ・ビュールレが集めた世界有数のプライベート・コレクションから、印象派・ポスト印象派を中心とした約60点の名作が来日する本展で、音声ガイドナビゲーターを務めるのが俳優・井上芳雄だ。今回は、音声ガイドの収録を終えたばかりの井上にインタビュー。本展の見どころや音声ガイドの聴きどころに加えて、美術の世界と共通する演技への思いなども伺った。
「画家のセリフを演じるのは、僕自身が読んでいて楽しかった」
――音声ガイドの収録をされてみて、本展の注目ポイントはどこだと感じましたか?
ひとつは、ビュールレのコレクションを通じて、西洋絵画の歴史をすごくわかりやすく理解できるところですね。作品自体がどれも素敵で、さらに一つひとつ詳しく説明してもらうと西洋の絵画が辿ってきた変遷がよくわかる。しかも、ビュールレのセンスで集められた一級品の絵画コレクションを代表する作品がやってくるので、西洋絵画の変遷を知ることと作品自体を味わうことで、二度楽しめる展覧会になっていると思います。
――音声ガイドナビゲーターを務めるのは今回が初めてとのことですが、収録はいかがでしたか?
ナレーションの仕事は普段からやっているので、そういう意味ではまったく初めての経験というわけではありませんでした。ただ、ヨーロッパのお話なので、画家の名前や地名をスムーズに読むのが難しかったです。
――舞台の第一線で活躍されている井上さんでも、難しいと感じることがあるんですね。具体的には、どのあたりが大変だったのでしょう。
まず、「ビュールレ」という名前をスラリと読むのが、だいぶ難易度高めでした(笑)。でも、一番難しかったのは「ドラクロワ」かなぁ。「ドラクロワ」とだけ言うのは難しくないんですけど、文章になると「ドラクロ“ワは”~」という風に「wa」の音が続くところがあって、これをスムーズに読むのが最難関でした。そのほかには、「ロートレック」のようにいろんな発音ができる人名をどう読むのかなど、そのあたりはスタッフの方とひとつずつ確認しながら進めていきました。
――そんな状況でも、収録を“巻き”で終わらせるのはさすがプロの実力といったところですね(この日のインタビューは当初の予定より30分早くスタートした)。
たぶん順調にできたと思います。今ちょうど『黒蜥蜴』というストレートプレイのお芝居をやってるんですよ。三島由紀夫が書いた難しい戯曲をいかに自分のものとして演じるかを日々のテーマにして生きているので、ちょうどよく“口が仕上がって”いて、この時期に収録させてもらえたのがよかったです。
――ズバリ、井上さん自身が思う今回の音声ガイドの聴きどころはどこでしょう。
ところどころに画家の言葉がセリフとして挟みこまれているので、そこはお芝居するような感じで読ませてもらいました。もちろん、その人がその時にどんな声だったのかは僕の想像でしかないですが、絵が変われば時代も場所も変わる。そんなことを意識しながら、世界が少しずつ変わっていくような感覚で吹き込んでいます。
「芸術家たちの情熱的で密度の濃い人生には憧れます」
――普段から、絵画を観る機会はありますか?
日本にいる時はなかなか余裕がないのですが、海外を訪れたら必ず有名な美術館に足を運ぶようにしています。この前もフィレンツェのウフィツィ美術館に行ってきたばかりで、メディチ家の没落の話など、美術館の歩んできたドラマも興味深かった。僕は美術にそこまで詳しいわけではないけれど、何に対しても「わかりたい」って欲求は捨てられないんです。たとえ“学ぶ”ところまではいかなくても、見て感じることって絶対マイナスにはならないから。美術館に行ったら、自分なりに感じることがあったり、そこで作品を見た画家が好きになったり、そこから何かが広がっていったりする。機会があるなら良いものをたくさん鑑賞して、人生の糧にしていきたいとは常に思っています。
――美術展や美術展を訪れる意義は、どのようなところにあると思いますか?
これは演劇にも同じことが言えるんですけど、絵も生でみるとやっぱり迫力が違いますよね。油絵を見た時に「こんなに絵の具塗ってるんだ」とか、生だからこその質感が感じられたりする。あとは写真では伝わらない大きさかな。やっぱり大きい絵から伝わる迫力って凄いじゃないですか。今回も部屋いっぱいに展示されるような大きさの《睡蓮》が来るそうなので、質感や大きさを確かめながら、ぜひ生で見てみたいです。
――本展には数多くの画家の作品が来日しますが、芸術家たちの生き様に惹かれる部分はありますか?
芸術家の人生って極端で、僕らのような凡人の人生を圧縮したような濃さの人が多いですよね。その中には、人生としては幸せだったのかなっていう人も多くて、必ずしも自分が同じような生き方をしたいとは思いません。ただ、生き方は不器用だとしても、情熱的で密度の濃い人生には憧れます。
――そうした思いは、今後の演技の参考にもなりますか?
表現の仕方にこんなにたくさんの選択肢があって、その中でいろんなトライをしてきた人がいるのは面白いですよね。ピカソのキュビスムだって、最初は「何じゃこりゃ?」って思われたはず。音声ガイドの中に、「ここにあるものを二次元の通りに描いたからといって、それを表したことになるのか」という言葉があるのですが、それってお芝居にも言えて。その人が生きているように演じたいと思っていても、それだけが表現じゃないのかもしれない気がします。僕のお芝居がいきなりキュビスムになったら誰も使ってくれなくなると思うんですけど(笑)、それくらいの問題提起をされたような感じです。
――ビュールレは富豪になって絵画を集めましたが、井上さんは富を得たら何をコレクションしたいですか?
自分の憧れを実現して、これだけのものを集めたビュールレは凄い。コレクションが今でもこうして展覧会になるというのは、一人の偉大な画家に匹敵することをしたのだと思いますね。もし僕がいくらでもお金を使っていいのなら、高級なワインを集めてみたいです。それで、絵画ではそういうことはできないけれど、家族や友達に自分のコレクションを振舞ってみたいですね。
2月14日(水)から開幕する『至上の印象派展 ビュールレ・コレクション』。世界でも指折りのプライベート・コレクションがスイス国外に出たのは過去に数回のみ。さらに2020年にはコレクション全体がチューリヒ美術館の管理になることが決まっているため、まとまって見られるのはおそらくこれが最後という貴重な機会になる。マネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーギャン、モネ、セザンヌら名だたる画家による美の世界を、ぜひ誠実で美しい井上芳雄の声とともに鑑賞してみてはいかがだろう。
取材・文=Sho Suzuki
会期:2018年2月14日(水)~5月7日(月)
開館時間:午前10時~午後6時
(毎週金・土曜日、4月28日(土)~5月6日(日)は午後8時まで)※入場は閉館の30分前まで
休館日:毎週火曜日(ただし5月1日(火)は除く)
会場:国立新美術館 企画展示室1E(東京都港区六本木7-22-2)
観覧料:当日一般1,600円(1,400円)、大学生1,200円(1,000円)、高校生800円(600円)中学生以下無料。
・( )内は前売・20名以上の団体料金。前売券は2月13日(火)まで販売。※ただし国立新美術館では2月12日(月・祝)まで。
・障がい者手帳をご持参の方(付添の方1名を含む)は無料
展覧会ホームページ:http://www.buehrle2018.jp/