菊五郎の清心に吉右衛門の五右衛門、そして猿之助の法界坊『吉例顔見世大歌舞伎』開幕レポート
11月1日、浅草で平成中村座が開幕、同日の京都では南座が新開場。その翌日の2日、東京・歌舞伎座で歌舞伎座百三十年『吉例顔見世大歌舞伎』が初日を迎えた。
昼の部は、『お江戸みやげ』、『素襖落』、『十六夜清心』が上演される。尾上菊五郎、中村時蔵、中村吉右衛門らが出演する『十六夜清心』では、俳優の尾上右近が、清元栄寿太夫として歌舞伎の舞台に初目見得する。
夜の部は、吉右衛門と菊五郎の『楼門五三桐』ではじまり、雀右衛門の『文売り』、ラストは客席が一体となって大いに笑い、息をのんだ市川猿之助の『隅田川続俤』。ここでは夜の部をレポートする。
※以下、ネタバレを含みます。古典演目も、前情報なしでご覧になりたい方は、ご注意ください。
楼門五三桐(さんもんごさんのきり)
定式幕が開き、舞台上手に登場する太夫と三味線方が、まずは会場を熱くする。
舞台全体を覆っていた浅葱幕がパッと取り払われると、そこに広がるのは桜が咲き誇り、花吹雪が舞う京都の東山。絢爛豪華な南禅寺の山門に、吉右衛門の石川五右衛門の姿がある。
「絶景かな、絶景かな」
息をのむような美しさに、開演から5分とたたぬうちに、歌舞伎座は大きな拍手で揺れた。
『楼門五三桐』は、大盗賊の五右衛門が、自身の出自と、真柴久吉が親の仇であることを知り、そして久吉と因縁の出会いを果たすシーンを描く作品。真柴久吉役を勤めるのは菊五郎。久吉は、天下を治める者として、五右衛門を追っている。
五右衛門は、派手な刺繍のどてらを着ているが、一枚脱ぐと、白い素肌に黒い着物という出で立ちに。背景の極彩色が、五右衛門を一層引き立てる。大薩摩にはじまり、楼門がダイナミックにせり上がる演出、顔見世興行にふさわしい、ひときわ贅沢なキャスティング。初めて歌舞伎をみる方にも、歌舞伎の要素を、存分に楽しんでもらえるのではないだろうか。
『文売り』
雀右衛門のチャーミングな魅力が引き立つ清元の舞踊。
「文売り」とは、江戸時代の物売りで、恋文に似せたものをお札代わりに売っていたのだそう。遊女同士の大げんかを、現代でいうゴシップ情報のように、しゃべって聞かせる。1人で何役もこなし、くるくるとした切り替えで再現する。踊りはもちろん、雀右衛門の可愛らしさと面白さに気持ちが華やぐ一幕となる。
『隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ)』
通称「法界坊」。ダメ坊主の法界坊が主人公だ。
僧が女性と関係することが禁じられた時代にも、色欲に振り回され、釣鐘建立のお金を集めても、使途不明金も多く、自分の欲のためならば暴力をふるうこともためらわない。そんな法界坊を演じるのが、市川猿之助。
序幕は、縁談が決まりつつある町娘のおくみ(尾上右近)と、おくみと恋仲の要助(中村隼人)、そこに要助の許嫁・野分姫が登場するところから始まる。
要助は、実は吉田松若丸の仮の姿であり、家宝の掛け軸の行方を探しているところでもある。その掛け軸をもっていたのが、おくみの縁談の相手、源右衛門(團蔵)。
掛け軸と三角関係を巡り、立て込んでいるところに、法界坊が参戦する。法界坊もまた、おくみに惚れているのだ。
憎めない、わけがないのに、憎めない
花道から登場する法界坊。第一声から可笑しみを感じさせ、会場は拍手と笑いに沸いた。
その扮装は、いがぐり頭に汚い着物。少し近づけば、よくも悪くも何かが匂いってきそうな勢いだ。「どこか憎めない」わけがないのだが、たしかに憎めない法界坊が、そこにいる。
好き放題だが、悪意よりも欲への正直さゆえの行動だと思うと、人間臭さが詰まっているようにも思えてくるのだ。
ストーリーの面白さに加え、歩き方ひとつでも場内を笑いに包む猿之助の表現力。襖の隙間でさえ笑いをさらい、忍足で掛け軸を入れ替えるシーンでは、上質なサイレントコメディーにみるような洗練された動きもみられる。
全世代の俳優が笑いを作り、歌舞伎を支える
巳之助、尾上右近、隼人らミレニアル世代の奮闘も見逃せない。
おくみ(尾上右近)と要助(隼人)が、ブレることなく演じれば演じるほど、法界坊の一挙手一投足が笑いになっていた。隼人は、要助に求められる、美しさと情けなさを、絶妙なさじ加減で演じ、尾上右近は、目線ひとつにも感情がこもり、不安も恋心もしっとりと表現していた。さらに若い世代としてスーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』でチョッパー役をつとめた市川猿も、丁稚役をのびのびと演じていた。
「笑わずにどこまでやれるか」が笑いを生む。その構造を逆手にとって、猿之助は出演者一人を笑わせにかかったり、観客を巻き込んだりと、自由奔放に盛り上げる。それでも全体を通し、おふざけで終わらず、歌舞伎の世界観に戻ってこれるのは、歌六や團蔵、門之助らベテラン俳優たちの安定感と、出演者全員のチームワークのおかげだろう。
歌六堪三は初役だが、ひたすら格好いい。ブレのないたしかな芸で、法界坊との掛け合いも巧みにさばく。「さあ、それは」「さあ、それは」「さあ、さあ、さあ」といった定番の掛け合いの中にも、説得力がある。
この幕のクライマックスは、舞台上での宙乗り。これは澤瀉屋の型なのだそう。大きな拍手と大向うがかかる中、一度、幕は閉じる。
休憩をはさみ、続く大喜利は、所作事「双面水澤瀉」。法界坊に騙され、無念の思いを抱えたまま殺された野分姫と、おくみへの未練が残して死んだ法界坊。ふたりの怨霊が、おくみそっくりの見た目で化けて出るという設定だ。
どちらが本物か分からなくなる要助(実は、松若丸。隼人)と、戸惑うおくみ(本物。右近)。それを相手に猿之助は、法界坊の霊と野分姫の霊を、圧倒的な存在感で踊る。美しさの合間に、法界坊の表情がのぞく気味の悪さを、上手の義太夫と下手の常磐津が盛り上げる。そしてこの場を、キリっとさばくのが、女渡し守のおしづ(雀右衛門)。猿之助を相手に、奮闘する隼人と右近を支えるような存在感。頼もしさが観劇後の気持ちまで明るくしてくれた。
昼夜とも見どころの尽きない歌舞伎座百三十年『吉例顔見世大歌舞伎』は、11月26日(月)まで。
※「双面水澤瀉」の「瀉」のうかんむりは、正しくはわかんむり
取材・文=塚田 史香
※公演が終了しましたので舞台写真の掲載を取り下げさせていただきます。
公演情報
日程:2018年11月2日(金)~26日(月)
場所:歌舞伎座
出演: 尾上菊五郎、中村吉右衛門、中村東蔵、中村歌六、中村時蔵、中村雀右衛門、中村又五郎、尾上松緑、市川猿之助 ほか
※東蔵、時蔵、又五郎、松緑は昼の部のみ、歌六、雀右衛門、猿之助は夜の部のみ出演
曲目・演目:
【昼の部】
一、お江戸みやげ(おえどみやげ)
二、新歌舞伎十八番の内 素襖落(すおうおとし)
三、花街模様薊色縫 十六夜清心(いざよいせいしん)
【夜の部】
一、楼門五三桐(さんもんごさんのきり)
二、文売り(ふみうり)
三、隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ) 法界坊
公式サイト:http://www.kabuki-bito.jp/