パントマイムを武器に。若きマルセル・マルソーの戦時下での実話~映画『沈黙のレジスタンス』ヤクボウィッツ監督インタビュー
『沈黙のレジスタンス』 パントマイムをするマルセル
笑うことも、夢を見ることもできなかった第二次世界大戦下のユダヤ人孤児たち。彼らに勇気と笑顔と命を与えた若者のひとりが、のちに<パントマイムの神様>と称されたマルセル・マルソーだった。俳優を目指しながらも他人とうまく関われずにいた青年マルセル(ジェシー・アイゼンバーグ)は、傷ついた子ども達と出会い、人間味豊かな人物へと変わっていく。子ども達とマルセルを繋ぐのは“パントマイム”だ。
映画『沈黙のレジスタンス』(2021年8月27日・日本公開)のジョナタン・ヤクボウィッツ監督は「真のアートとは、観客や相手とコミュニケーションができた時に成立する」と言う。身体ひとつでそこに見えない世界を生み出すパントマイム。想像力と創造力が、人間の生きる希望となる様子を、ナチスに追い詰められる緊迫した日々のなかに描いていく。ヤクボウィッツ監督に、パフォーマンスの力や、史実をもとにした映画づくりなどについて聞いた。
ジョナタン・ヤクボウィッツ監督
■言葉を持たない芸術、パントマイムは「想像上のレジスタンス」
──なぜマルセル・マルソーの映画を撮ろうと思ったのですか?
マルセル・マルソーという人のことは知っていたんですけれど、彼がユダヤ人であることや、戦争中に子どもを救ったことは知りませんでした。あれほど有名な人なのに、彼の英雄的な行為を私は知らなかったし、たぶん多くの人にも知られていません。この状況は変えなければならないと思い、この映画を作ることにしました。
──マルセル・マルソーという人物の魅力はなんでしょう?
子どもの頃に、実際にマルセル・マルソーのパフォーマンスをベネズエラで見たんです。彼のパントマイムは、いろんな考えや気持ちを、長い時間にわたって一言も発せずに伝えることができていた。そんな彼のアートは、とてもユニークで、オリジナルで、超越していると思いました。
それは、私達が今撮っている映画とはまったく反対の位置にあることなんです。映画というものは、テキスト(脚本)や、カメラの向きや、ストーリーテリングなどのいろんなものを付け加えてきますよね。でも、マルセル・マルソーはたった一人でステージに立って、いろんなストーリーやキャラクターを演じ分け、観ている人の心を動かすんです。それを体験してとても頭が下がる思いでした。彼がやっていることは、私が映画でやろうとしていることよりもっと難しいことなんじゃないかと思うんです。
この映画を作りながらパントマイムについて勉強したのですが、パントマイムというのは「想像上のレジスタンス(抵抗)」から生まれたそうなんです。想像上の壁に抵抗するために手がある、ということを表現しています。さらに、映画の中でマルセルは「芸術とは、見えないものを見えるようにし、見えるものを見えないようにする」と言いました。この考え方はまさに彼のアートそのものであり、彼が子ども達を救おうとしたシーンにも表れています。
──興味深いシーンでした。マルセルの芸術の力が、厳しい戦争のなかで子ども達を救っていく象徴的な描写でした。
『沈黙のレジスタンス』 ステージに立つマルセル
■「真のアートとは、観客や相手とコミュニケーションができた時に成立する」
──「映画とパントマイムは反対の位置にある」と言われましたが、映画と、パントマイムをはじめとするライブパフォーマンスの違いをどんなところに感じていますか?
ライブには強く本能に訴えかけるものがあります。 今そこにいて、そこで起こっていて、人間に訴えかけてくる。それは映画では再現できません。一方で映画が得意とするのは、より親密に、あるいはより広い視野を持って、あるストーリーを描くことだと思います。映画は、そのキャラクターがどういう事を思っているのかを深く描くことができます。でも映画もライブも補完的なものですよね。映画の作り手としてライブから学ぶことはたくさんあるので、ライブパフォーマンスにはできるだけ行くようにしています。
──マルセルのパントマイムはライブパフォーマンスですが、それを映画で表現するにためにはどんなことを大事にしていましたか?
一番大事なのは、パントマイムが相手にどういう影響を与えたのかということです。ジェシー・アイゼンバーグは7ヶ月のあいだ一生懸命パントマイムの勉強をしたんですけれど、いつも完璧にやろうともがいていました。なかなか自分を解放することができなかったんです。
でも、初めて子ども達の前でパントマイムを演じる日の朝、私はジェシーに「パントマイムの振り付けはどうでもいい。覚えた動きは忘れていいから、目の前にいる子どもを笑わせてください。子どもが笑わなかったらシーンはできないよ」と言いました。なぜなら、そのシーンでのマルセルの目的は、ただ子どもを笑わせることだけだったからです。そして、カメラをなるべく隠しました。俳優からはカメラが見えないようにすることで、その場で起こっていることをそのまま撮るようにしたんです。するとジェシーは「自分がどう演じるかではなく、子どもに対してどんな影響を及ぼすことができるか」という方に意識をシフトしていきました。その時に初めて、マルセル・マルソーが行なっていたマジックを再現することができました。
これはジェシーにとってもマルセルにとても私にとっても大きな出来事でした。というのも、たぶん多くのアーティストは自分のことでいっぱいいっぱいになり忘れがちなんですが、真のアートとは、観客や相手とコミュニケーションができた時に成立することがはっきりしたからです。
マルセル役のジェシー・アイゼンバーグとジョナタン・ヤクボウィッツ監督
──子ども達とパントマイムを通して心の距離が縮まっていくシーンでは、まさにコミュニケーションが起きている空気を感じられました。
ほかにも、マルセルが兵士達の前でパントマイムを披露するシーンではこんなことがありました。その時に私が気にかけていたのは、マルセルは多くの子ども達を救った戦争英雄ですが、兵士達にとって「英雄」と「パントマイム」はちょっとそぐわない組合せに感じられるかもしれないということでした。もしかすると変な空気になってしまうかもしれない。けれども、撮影場所の環境が良い方向に影響しました。そこはニュールンベルグの国会議事堂で、ヒットラーが自分のために建てる予定だった未完成の建物だったんです。ヒットラーが立つはずだった場所にジェシーが立ち、パントマイムを演じました。すると、違う戦争体験を経てきたマルセルと兵士達だけれど、戦争の結果は同じだったということが感じられたのです。これは、その場の環境がジェシーに大きな影響を与え、引き起こされたことでしょう。
【動画】『沈黙のレジスタンス ~ユダヤ孤児を救った芸術家~』予告篇
■初潮、恋愛、性体験も。戦時下に生きる普通のひとを描く
──実際の出来事や人物を作品にするにあたり心掛けたことは?
もっとも大切だったのは、ストーリーを語る上でその出来事や人物の本質に忠実であることでした。第二次世界大戦が起きたのは、一週間前ではなく、70年前です。そこで起きたことをそのままはっきり伝えるのは難しい。その出来事の意味や核にあるものは何なのかを掴むことが大事です。そのためにはしっかりリサーチをして、それに沿うかたちで物語を作っていきました。
ジョナタン・ヤクボウィッツ監督とエド・ハリス
──ユダヤ人以外の犠牲者として、同性愛者や障害者などもしっかりと描かれていましたね。
作中でマルセル達を追い詰めていくゲシュタポのクラウス・バルビーは、ベルリンにおいて同性愛者の地下組織を発見し拷問した人としてナチスの中で有名になった人物だったということがリサーチのなかでわかりました。その後、オランダでも地下組織を鎮圧し、マルセルらのいるフランスへはレジスタンス組織を発見するために派遣されました。ナチスの迫害は、ユダヤ人だけにとどまらず、いろんなマイノリティを排斥していきます。その史実は描かなければならないと思いました。
『沈黙のレジスタンス』 クレマンス・ポエジーとジェシー・アイゼンバーグ
──一方で、そこに生きる人々の生活も丁寧に登場します。緊迫したなかで、女性の初潮への戸惑いや、恋愛の悩み、姉妹で性体験について楽しく話すようすなどは印象的でした。
マルセルのいとこのジョルジュ・ロインジャーさんと話した時に、 彼は何度も「自分達はまったく準備ができていなかった」と言っていたんです。軍隊に入るわけでもないただ普通の生活をしていた若者が、戦争によっていつもの生活を中断されてしまった、と。だからこそ、ただの一般市民であったマルセルがヒーローになったところを見せることがとても大事だと思いました。そうすることで、映画を見た人が「自分が同じような状況になったら、同じ事をするだろうか」と想像できればと願っています。
戦争に押しつぶされそうになるなか、一人の人間として葛藤する若者たちの不安や決断は、けして他人事だとは言い切れない。そして身体ひとつのパフォーマンスと人間の想像力が、いかに心を変えていくかが、見る人の体験となるよう描かれています。マルセルの目指したパントマイムの力を、ぜひ体感してほしい。
取材・文=河野桃子
上映情報
■監督・脚本・製作:ジョナタン・ヤクボウィッツ
■出演:ジェシー・アイゼンバーグ、クレマンス・ポエジー、マティアス・シュヴァイクホファー、フェリックス・モアティ、ゲーザ・ルーリグ、カール・マルコヴィクス、ヴィカ・ケレケシュ、ベラ・ラムジー、エド・ハリス、エドガー・ラミレス
■提供:木下グループ
■配給:キノフィルム
■公式サイト:resistance-movie.jp
■公式Twitter:@kinofilmsJP
©2019 Resistance Pictures Limited.