沖縄の歴史を知り、何かを感じられる貴重な物語~『hana-1970、コザが燃えた日-』稽古場レポート
『hana-1970、コザが燃えた日-』稽古場より 松山ケンイチ
沖縄の日本復帰50周年の節目に上演される『hana-1970、コザが燃えた日-』は1970年(昭和45年)12月20日の物語だ。その日の未明、コザ市(現沖縄市)ゲート通りにある米兵相手のパウンショップ(質屋)兼バーhanaにハルオ(松山ケンイチ)が訪れる。ここは彼のおかあ(余 貴美子)が営んでいる店だった。アシバー(ヤクザ)になって家に寄り付かなくなったハルオは久しぶりに実家を訪れたのだった。店には娘のナナコ(上原千果)、おかあのヒモのジラースー(神尾佑)がいる。不穏な空気が流れる中、沖縄県祖国復帰協議会の活動に勤しむ弟のアキオ(岡山天音)もやって来た。彼もまたこの店に立ち寄るのは久しぶりだった。長らく顔を合わせることのなかったふたりの息子と母親が再会した夜、店の前の通りでは歴史的な事件――コザ騒動が起きていた。
コザ騒動とは、米兵による交通事故を発端に5千人もの群衆が米軍関係者の80台近くに及ぶ車両を焼き払った大きな事件である。太平洋戦争によって米軍に統治されていた沖縄の人たちの抑圧された想いが噴出したのではないかとも考えられている。
(左から)松山ケンイチ、栗山民也
「たくさんの沖縄の友人のもとに送る、熱く抱きしめたい作品になればと思う」と演出家・栗山民也が考える『hana-1970、コザが燃えた日-』の稽古は2021年12月からはじまっていた。稽古場取材はちょうど一週間が過ぎた頃に行われた。その日の稽古をはじめる前、栗山が「日常のシーンからここで初めて演劇的な空間に変化する」と役者たちへシーンの説明をする。店内に集ったハルオたちが本音を吐露するのと同時に外では激しい暴動がはじまるという重要なシーンで、間接照明が灯された稽古場は緊張感に満ちて静寂だった。
岡山天音
舞台装置はバーhanaの店内。スタッフが沖縄に取材に行き、当時の様子が残された店(現在は使用されていない)を参考にしてリアルに作られている。上手にカウンター、奥に簡易のステージ、下手は出入り口、センターにテーブルやソファが配置されている。ステージの後ろは大きな窓でその外で大規模なデモが行われているという設定だ。下手前に松山、ソファに余、ステージに上原、上手前に岡山、カウンター前に神尾がいて、じっと前方を見つめる。まず松山がセリフを語りだした。事前に公開されているあらすじでは「血のつながらないいびつな家族の中に横たわる、ある事実とは」と書かれている。血がつながらないながら家族として生きてきたハルオたちだったがいつしか齟齬が生じて離れ離れになっていた。彼らはなぜ家族として暮らしていたのか、そしてなぜ今は別々に生きているのか……。その謎を解く鍵は沖縄の歴史を知らないとならない。
余 貴美子
神尾 佑
外で起こっている暴動の激しい音を聞きながら、ハルオとアキオは感情をぶつけ合う。ときに胸ぐらをつかみあうような激しいやりとりがあるとはいえ、店内の会話劇なので単調になりそうだが全然そうならない。それは栗山民也演出が緻密でそれに即座に応える俳優たちがじつに優秀だからだ。
上原千果
栗山は俳優のミザンスを刻々と変える。俳優たちの距離やステージ上に立つ位置が変わるごとに登場人物たちの心理の変化も鮮やかに伝わってくる。俳優の動線を交差させていくことで勢いが増し、場の熱がぐんぐん上がる。感極まってステージ上のマイクを使って叫んでしまう動きなど、あくまでリアリズムを大事にしているところも良い。これらがまさに「演劇的空間」であり、演劇のお手本のような現場だなと感じた。多くの俳優が栗山を信頼しているわけもナットクだ。俳優たちは演出家の言葉をよく聞き、的確に動き、たちまちシーンが出来上がっていった。
櫻井章喜
ハルオたち家族のほかにも登場人物がいてハルオたちに関わってくる。東京から来たジャーナリストでピューリッツァー賞を受賞した戦場カメラマンに憧れている鈴木(金子岳憲)は客観的な視点の役割で、ベトナム帰りの海兵隊員で脱走を考えているミケ(玲央バルトナー)は戦場での経験がトラウマになっていて、戦争のなんたるかを伝える役割だ。当事者と外部の者、沖縄、アメリカ……と様々な人たちが交錯し、まるでこの店のなかに外のデモの縮図が見えるようになっている。
金子岳憲
玲央バルトナー
栗山が「懺悔室で懺悔しているような」「絶対に口にしない過去の辛い経験を、あえて語るほどのことの重み」というようなことを求めるかなりヘヴィなセリフもある。栗山が絶対的な信頼を寄せる畑澤聖悟がしっかり取材したうえで書かれたセリフは心に強いものを突きつけてくる。
沖縄コザ騒動は、沖縄の人たちにとっては大きな歴史だが、沖縄以外の人たちやあるいはその時代に生まれていなかった人にとっては知らないこともたくさんある。そんな人たちもこの作品を見ると何を感じるだろうか。松山と岡山は稽古がはじまる前に沖縄へ取材に行き、現地の方々から貴重な話を聞いてきたそうで、ふたりは沖縄の言葉もしっかり再現していて、ある問題意識を感じながらセリフを発しているようにも感じた。
松山ケンイチ
ある程度、立ち稽古が進むと止めて、俳優たちは装置のソファに座って栗山の話を聞く時間になる。要点を確認したり、歴史の話をしたりしながら、10分休憩して稽古を再開するということが繰り返されていた。休憩中も松山は、舞台上をステージに立ったりソファに座ったり何か考えるように舞台上を動き回っていた。映像だったらそこに「松山は何かを考えていた」とナレーションが入りそうな雰囲気である。
丁寧に作られたこの作品は観客があるバーの風景を覗き見するような、生々しいものになるのではないだろうか。沖縄返還50周年となる2022年に上演される『hana-1970、コザが燃えた日-』は、日本の歴史を知ることのできる貴重な物語である。
取材・文=木俣 冬
公演情報
<スタッフ>
作:畑澤聖悟
演出:栗山民也
<キャスト>
松山ケンイチ
岡山天音
神尾 佑
櫻井章喜
金子岳憲
玲央バルトナー
上原千果
余 貴美子
<東京公演>
日程:2022年1月9日(日)~1月30日(日)
会場:東京芸術劇場プレイハウス
主催:ホリプロ
S席:9,800円
サイドシート:7,000円
Yシート:2,000円(※20歳以下対象・当日引換券・要証明書・枚数限定)
■一般発売:発売中
■Yシート(20歳以下限定2000円)
11月12日(金)17:00~ 予定枚数終了次第販売終了
<大阪公演>
日程:2022年2月5日(土)、2月6日(日)
会場:梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
主催:梅田芸術劇場
お問い合わせ:梅田芸術劇場 06-6377-3888(10:00~18:00)
https://www.umegei.com/schedule/1011/
日程:2022年2月10日(木)、2月11日(金・祝)
会場:多賀城市民会館
主催:仙台放送
お問い合わせ:仙台放送 022-268-2174(平日11:00~16:00)
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