吉沢亮・北村匠海が衝撃作に挑戦~ついに開幕『マーキュリー・ファー Mercury Fur』観劇レポート
世田谷パブリックシアター『マーキュリー・ファー Mercury Fur』左から:北村匠海、吉沢亮 (撮影:細野晋司)
舞台『マーキュリー・ファー Mercury Fur』が、2022年1月28日(金)、東京・世田谷パブリックシアターで幕を開けた(東京公演は2月16日まで。その後、長野・新潟・兵庫・愛知・福岡を巡演予定)。本作はイギリスの劇作家フィリップ・リドリーが2005年に書き下ろし、日本では2015年に白井 晃の演出によりシアタートラムで初めて上演された作品。極限状態に置かれた人間の残酷さが描かれる本作で今回、生きること、愛することを渇望する兄弟を演じるのは、吉沢 亮(エリオット役)と北村匠海(ダレン役)。待望の再演の初日を終えた演出家の白井と出演者の吉沢・北村から寄せられたコメントと、ゲネプロ(総通し稽古)観劇レポートを、最新の舞台写真と共にお届けする。
世田谷パブリックシアター『マーキュリー・ファー Mercury Fur』左から:吉沢亮、北村匠海 (撮影:細野晋司)
<初日開幕コメント>
■白井 晃(演出)
まず、この様な状況の中で本作が開幕できたことに安堵しています。そして、劇場に足を運んでくださった皆様にも心から感謝申し上げたいです。7 年前にこの作品を上演した時に、現実の世界が地続きになっているような恐ろしい感覚がありました。そして、今もなおその感触は間違いなく続いています。劣悪な環境の中で必死に生きていこうとする兄弟の姿は、この時勢の中、見えない恐怖と戦いながら必死に役を生き、演じ続ける俳優たちの姿と重なり胸を打つものがあります。
新たな俳優陣との作業は、まるで別の作品を作っている様な刺激に満ちたものでした。明日からも彼らが繰り広げる世界が劇場の中で光を放ち続けられることを心から願っています。
白井 晃 (c) 二石友希
■吉沢 亮(エリオット役)
初日終わりました。
全身が疲れているはずなのに、アドレナリンが出過ぎて、目がバキバキです。
はじめてお客様の前でお芝居して、皆さんの空気を生で感じ、改めてとてつもない衝撃作だと実感しました。
これから約 1 ヶ月半、全力でエリオットとして生き続けるので、お楽しみに。
世田谷パブリックシアター『マーキュリー・ファー Mercury Fur』吉沢亮 (撮影:細野晋司)
■北村匠海(ダレン役)
混沌とした世の中で、日々少しずつ初日まで歩んできました。僕にとって、初めての舞台がこのマーキュリー・ファーです。全てが新鮮で、改めて芝居について考えさせられることも沢山ありました。そしてなにより、この作品に宿っている"愛"を僕ら自身も噛み締めながら、一つ一つの言葉を大切に、皆様の心の中に届けて行けたらと思います。
世田谷パブリックシアター『マーキュリー・ファー Mercury Fur』北村匠海 (撮影:細野晋司)
<ゲネプロ観劇レポート>
例えるなら流れ星のような物語だ。舞台は荒れ果てた団地の一室。真っ暗でしんっと静まった中、外から煩(うるさ)い車の走行音やサイレンなどが聞こえてくる(音響:井上正弘)。やがてちょっと意外な場所からエリオット(吉沢亮)とダレン(北村匠海)が侵入してくる。
暗く散らかった部屋をおしゃべりしながら片付けはじめるふたり。窓を覆ったベニヤ板を剥がすと外光が差し込んで部屋の全貌がわかる(美術:松井るみ、照明:斎藤茂男)。
エリオットとダレンは兄弟。ふたりはとても饒舌で、動作も軽快で若さがある。ただエリオットは右脚を引きずっている。エリオットのやや低く落ち着いた、でも明晰に単語の輪郭を発する声と、ダレンのやや高く清澄な、時々ちょっとかすれることもある声。ふたりが言葉を交わす姿と音はまるで2匹の蝶がくるくる回りながら翔ぶように見える。この例えは“バタフライ”という謎の物質が登場することに掛けてみた。
エリオットとダレンはとめどなくおしゃべりをしている。お互いを茶化したり、悪態をついたりするところも愛憎や屈折があって複雑な仲良さを感じる。「ものすごく愛してる」の繰り返しの響きがその現れのようだ。
世界には彼らしかいないかのように見えるが、ふたりはこの廃墟で「パーティ」を開くつもりで、主催者やゲストが来るまでに準備を急ぐ。しばらくするとナズ(小日向星一)という少年がやって来て、ふたりだけの世界が少し軋む。いきがかり上、準備を手伝うことになるナズ。
世田谷パブリックシアター『マーキュリー・ファー Mercury Fur』左から:小日向星一、北村匠海 (撮影:細野晋司)
部屋が片付いてパーティの準備が整うにつれ、ひとりふたりと関係者たちが顔を出す。ナズは純朴そうでダレンと馬が合う様子。ローラ(宮崎秋人)は優しい常識人のようだ。パーティの主催者・スピンクス(加治将樹)はちょっとコワモテ。彼が伴ってきたお姫さま(大空ゆうひ)は盲目だ。肝心のパーティゲスト(水橋研二)は遅れている。日が暮れることを心配するエリオット。この部屋には電気が通っていないのだ。そうこうしているうちに用意してあったパーティプレゼントに不具合が起こる。パーティゲストをもてなすためにエリオットたちはなんとか場を保たせようと努めるが……。
世田谷パブリックシアター『マーキュリー・ファー Mercury Fur』手前:宮崎秋人、奥:吉沢亮 (撮影:細野晋司)
世田谷パブリックシアター『マーキュリー・ファー Mercury Fur』左から:大空ゆうひ、加治将樹 (撮影:細野晋司)
世田谷パブリックシアター『マーキュリー・ファー Mercury Fur』左から:加治将樹 、水橋研二、北村匠海 (撮影:細野晋司)
とても謎めいた物語である。エリオットとダレンが兄弟であることと、場所はイギリス(ロンドン)であることはわかるが、それ以外は曖昧だ。時代も明確でないし、兄弟とスピンクス、ローラ、お姫さまとの関係性や、彼らがそれぞれどういう人物なのかもはっきりしない(俳優たちは皆、その謎めいた感じを見事に演じている)。そもそもパーティとは何なのか。エリオットたちはなんのために廃墟でパーティを行うのか。そして、ダレンやナズが欲しがるバタフライとは何なのか。ただ、彼らの会話の中にちょっとずつヒントがある。最初はふたりっきりだった世界に、ナズ、ローラ、スピンクス、お姫さま、パーティゲストが現れるたび、ふたりの世界の外側が少しずつ見えて来る。労働者階級の若者たちがハメを外してちょっと悪い遊びをしているようにも見えるが、それだけではない不穏な気配がつきまとう。情報の破片を拾い集めながら物語の全貌を編んでいくように舞台を凝視する。ミステリーのようなスリラーのような味わいがある。
世田谷パブリックシアター『マーキュリー・ファー Mercury Fur』吉沢亮 (撮影:細野晋司)
世界の輪郭をうっすらなぞっていくと同時にエリオットとダレンの関係も一層際立っていく。最初はしっかり者の兄という印象だったエリオットに意外な顔が見えてきて、頼りない弟ダレンにもまた違う顔が見えてくる。くるくると補い合いながら、閉塞感のある世界から抜け出す術を探して熱を帯びていく感情とパーティの無軌道な盛り上がりが重なった先はーー。絶対にテレビドラマでは見ることのできない世界。映画でも見る人を選ぶかなという様相を呈していく。だが、演出家・白井晃は「この作品は愛の物語」(毎日新聞 1月27日夕刊より)と語っている。漠然とした例えになるが、ミステリーの破片を集めて並べ世界の全貌のパズルが出来上がった瞬間、パズルは瓦解する。流れ星が大気圏に突入するときに燃え尽きるような激しさのあとに唯一残ったのはエリオットとダレンのふたつのピースが繋がったものだけだったというような感じだろうか。そのピースはとびきり儚く美しい。
世田谷パブリックシアター『マーキュリー・ファー Mercury Fur』北村匠海 (撮影:細野晋司)
この難しい作品に挑んだのは吉沢亮と北村匠海。吉沢は安定した発声と身体表現で兄らしい頼もしさと兄なりの苦悩を見せる。北村は「エリオット」と呼ぶ第一声に『マーキュリー・ファー』の世界が見えた。筆者の個人的な感覚だが、十代の少年の世界との格闘を描く物語というと俳優の初々しさで勝負するようなところがあるように感じるのだが、吉沢も北村も今、日本の若手俳優のなかで確かな演技に定評のある者同士で、舞台の演技も堂々としている。その確実さは繊細な感情表現はもちろんのこと、激しいアクションシーンでこそ存分に発揮される。
世田谷パブリックシアター『マーキュリー・ファー Mercury Fur』左から:北村匠海、加治将樹、吉沢亮 (撮影:細野晋司)
吉沢も北村も映画でアクションは経験済みで、その動きは巧みである。とはいえ映像だったらカットを割ったりカメラの角度でフォローしたり場合によってはスタントがいたり編集に頼ったりとあらゆる手を尽くして臨場感を出せるが、舞台はそうはいかない。舞台で難しいのは、迫真に見せながら演者は常に冷静でいないといけないことだ。映画もそうだけれど前述のようにカットを割るなどして舞台のようにノンストップで行われないこともある。吉沢も北村もエリオットとダレンの抱えた孤独や焦燥や虚無感を極限まで高めていくところに誠実な職人技を感じた。
エリオットのセリフで「俺たちが選ぶんだよ…」と言うものがある。自分の意思では何もできず手も足も出ない不条理な状況下、それでも自分で選択したい。エリオットとダレンにはそんな人間の意思の尊さを見た。
ゲネプロではカーテンコールは2回。吉沢も北村も最初は役のまま、2回目にようやく俳優の顔を見せた。吉沢は2回ともハケる間際、後頭部を手で触っていた。
世田谷パブリックシアター『マーキュリー・ファー Mercury Fur』手前左から:北村匠海、加治将樹 、中央:山﨑光、奥:吉沢亮 (撮影:細野晋司)
取材・文=木俣冬
公演情報
(撮影:設楽光徳)
■作:フィリップ・リドリー
■演出:白井晃
■翻訳:小宮山智津子
■出演:
吉沢亮 北村匠海
加治将樹 宮崎秋人 小日向星一 山﨑光
水橋研二 大空ゆうひ
■日程:2022年1月28日(金)~2月16日(水)
■会場:世田谷パブリックシアター
■料金:一般:S席(1階席・2階席)8,500円A席(3階席)6,500円/劇場友の会割引:S席(1階席・2階席)8,000円A席(3階席)6,000s円/せたがやアーツカード割引:S席(1階席・2階席)8,300円A席(3階席)6,300円/ほか高校生以下、U24など各種割引あり
■問い合わせ:
世田谷パブリックシアターセンター 03-5432-1515(10~19時)
世田谷パブリックシアターオンライン https://setagaya-pt.jp/
■企画制作:世田谷パブリックシアター
■後援:世田谷区
https://setagaya-pt.jp/news/20220106-107759.html
https://setagaya-pt.jp/news/20220107-107765.html
■公式Instagram:@mercuryfur2022
■公式twitter:@SetagayaTheatre
<ツアー公演>
[長野公演]
■日程:2022年2月19日(土)18:00/2月20日(日)13:00
■会場:まつもと市民芸術館主ホール https://www.mpac.jp/
■問合せ:まつもと市民芸術館センター 0263-33-2200 (10:00~18:00)
■主催:一般財団法人松本市芸術文化振興財団
■後援:松本市、松本市教育委員会
[新潟公演]
■日程:2022年2月23日(水・祝)13:00
■会場:りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館・劇場 https://www.ryutopia.or.jp/
■問合せ:りゅーとぴあ 専用ダイヤル 025-224-5521 (11:00~19:00/休館日除く)
■主催:公益財団法人新潟市芸術文化振興財団
[兵庫(西宮)公演]
■日程:2022年2月26日(土)12:00/26日(土)17:00/27日(日)12:00/27日(日)17:00
■会場:兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール http://www.gcenter-hyogo.jp
■問い合わせ:芸術文化センター オフィス 0798-68-0255(10:00~17:00月曜休/祝日の場合翌日)
■主催:兵庫県、兵庫県立芸術文化センター
[兵庫(神戸)公演]
■日程:2022年3月2日(水)13:00
■会場:神戸文化ホール中ホール https://www.kobe-bunka.jp/hall/
■問合せ:
神戸文化ホールプレイガイド 078-351-3349(10:00~17:00 月曜定休※月曜が祝日の場合、翌平日が休み)
神戸文化ホールオンライン サービス(https://www.kobe-bunka.jp/hall/)
■主催:公益財団法人神戸市民文化振興財団神戸文化ホール
[愛知公演]
■日程:2022年3月5日(土)12:00/5日(土)17:00/6日(日)13:00
■会場:刈谷市総合文化センター大ホール https://kariya.hall-info.jp/
■問合せ:
メ~テレ事業 052-331-9966(祝日を除く月-金10:00~18:00)
メ~チケ https://www.nagoyatv.com/event/
■主催:メ~テレ、メ~テレ事業
■共催:刈谷市・刈谷市教育委員会・刈谷市総合文化センター(KCSN共同事業体)
[福岡公演]
■日程:2022年3月10日(木)18:30/11日(金)13:00
■会場:福岡市民会館・大ホール
■問合せ:スリーオクロック 092-732-1688(平日10:00~18:30)
https://www.3pm-net.com/
■主催:テレビ西日本、スリーオクロック