《連載》もっと文楽!~文楽技芸員インタビュー~ Vol. 8 竹澤團七(文楽三味線弾き)
“味”を表し、“情”を伝える
来る5月公演では、『近頃河原の達引』の「道行涙の編笠」に出演。かつて團七さん自身が作曲したものを、今回、自ら演奏する。
「初演時、私は津太夫師匠の相三味線でその前の堀川猿廻しの段を弾いて、後輩が『道行涙の編笠』を弾いたのだったと思います。文章は残っているけれど、上演が途絶えていて曲が残っていないというものは沢山あるから作曲が必要になるわけですが、当時、『俺なんかがやって大丈夫かな』と、ものすごく緊張しました。というのも、『曾根崎心中』などを作曲された野澤松之輔師匠を私はとても尊敬していて、いつもあの方の曲を弾きながら『なんでこんな良い曲ができるんだろう』と感じていましたから」
自分を陥れようとした武士を殺害してしまった伝兵衛と恋人のおしゅんが、その前の堀川猿廻しの段でおしゅんの母と兄に送り出され、いよいよ心中へと向かうのが、この「道行涙の編笠」だ。
「同じ道行でも『曾根崎心中』や『心中天網島』は死ぬ場面が中心。一方、『桂川連理柵』などは完璧に『死にに行く道』、心中への道行なんですよね。この『近頃河原の達引』もそうです。で、私の勝手な感覚では、ただ金に困って死ぬのではなく、恋愛によって死にに行く人間ってすごく色っぽいはずなので、それを出したい。そして、これは『曾根崎心中』もそうだけれど、散々悲しんでも、最後は『これで未来は結ばれる』という喜びに変わるんじゃないかと思うんです。と頭では考えても、それが曲になっているかどうか……(笑)。ひょっとしたら今回、少し曲を変えるかもしれません。自分でこさえたものは、それができますから。そこにさっき言ったような、今だからこその味みたいなものが加わっていたらいいですね」
文楽の世界で70年。日本の状況も文楽を取り巻く環境も変わる中、團七さんは文楽にどうあってほしいと思うのだろうか。
「文楽も変わったなんてことをよく言いますけれども、本質的には変わっていないと思うんです。本質とは、やっぱり『情』。師匠はよく『文楽の三味線は弾くんじゃない、語るんだ』と言っていました。太夫が情を語るのと一緒に自分も音で語らなければ、文楽の三味線じゃない。そういえば私、きれいな音を出すなと叱られたことがあります。(八世豊竹)嶋太夫くんと『恋娘昔八丈』の鈴が森の段をやっていて、越路太夫さんに、『そこはおばあさんが泣いてるとこや。いい音、さすな』って。そりゃあ、言ったってすぐできるものじゃないんです。でも一応、そう叱らなきゃいけないんですね。本当はこうなのだと、師匠や先輩方から教わったものをしっかりと伝えるのが伝承芸能。『自分はこうやるからお前もこうやれ』という稽古は、私はいじめ、パワハラと言えるんじゃないかなと思いますが、そうではなく普遍的な、演者の個性が変わっても変わらない一番重要なところを伝えるのが文楽の稽古なんです」
令和6年2月国立劇場文楽公演(日本青年館ホール)にて。 提供:国立劇場
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