宮田大&大萩康司インタビュー 第二弾アルバム『atelier』に込めた思いとは
チェリストの宮田大とギタリストの大萩康司は、ともに日本を代表する名手として国際的に活躍している。ソリストとして世界を駆け回るふたりは互いの音楽性に深く共鳴し、2018年からチェロとギターのデュオとしての活動をスタートさせた。2020年にリリースされた宮田と大萩のファースト・アルバム『Travelogue』(トラヴェローグ)は、コロナ禍で疲弊した人々の心に安らぎと癒しを与え、大きな反響を巻き起こした。それから4年のときを経て、宮田と大萩は2枚目のアルバム『atelier』(アトリエ)を完成させた。クラシック音楽に留まらない幅広いジャンルの名曲を収めた『atelier』には、どんな思いが込められているのか。アルバムの発売を前に、ふたりに話を聞いた。
ふたりの出会いは毎年夏に長野県松本市で開催される『セイジ・オザワ 松本フェスティバル』でのことだった。
「2016年に、私が参加していたサイトウ・キネン・オーケストラのリハーサルを大萩さんが見学に来ていて、そこで挨拶を交わしたのが最初の出会いでした。大萩さんは前年のフェスティバルに出演されていましたし、チェリストの趙静さんとも共演されていたので、お名前はすでに知っていたのですが、話しをするのはそのときが初めてでした。私たちはすぐに意気投合して、2018年からデュオとしての活動をスタートさせました」(宮田大)
チェロとギターは普段あまり共演することのない楽器だが、このデュオにはどのような音楽的特徴があるのだろうか。
「チェロとギターは音域が近い楽器ですが、チェロが長いフレーズを歌う一方で、ギターの音は弾いた瞬間から減衰していきます。こうした共通的と相違点が混ざり合って、このデュオの個性が形作られていると思います」(大萩康司)
「チェロとギターのデュオの魅力はなにより繊細な弱音にあると思います。音質や響きのニュアンスといった、楽器が目指している方向が同じなので、チェロとギターはとても相性のよい組み合わせです。ピアノと演奏する際には、ピアノは自分の後ろにいて視界には入らないので、背中からオーラを送ってコミュニケーションをとっています。その点、ギターは隣にいるので、一緒に音楽を奏でていることをより強く感じられるのです。大萩さんはチェロのクセを本当によく理解してくれていて、マイナスもプラスに変換してくれます」(宮田)
コラボレーションをスタートさせた宮田と大萩は、2020年にファースト・アルバム『Travelogue』をリリース。「旅行記」を意味するこのアルバムには、ピアソラをはじめとするラテン・アメリカ音楽の傑作や、ラヴェル、サティからルグランに至るフランス音楽の名曲が収められ、旅が難しかったコロナ禍にあって、多くの人々を音楽の旅へと誘った。
「チェロとギターのデュオはまだ珍しいものなので、会場のCD販売でも特に注目していただきました。また特殊な編成への興味だけでなく、多くの方がコロナ禍で疲れた心を癒すためにこのCDを手にしてくださったとも聞いています。私たちも、皆さんに少しでも安らかな気持ちになって欲しいと願って、このアルバムを作りました。ジャケットに柔らかい表情の写真を選んだのも、そうした理由からです」(宮田)
『Travelogue』から4年のときを経て、新たにリリースされる宮田と大萩の2枚目のアルバムのタイトルは『atelier』。イギリス、ウェールズ生まれの作曲家、スティーヴン・ゴスがこの編成のために作曲した《Park of Idols》を中心に、古今東西のさまざまなジャンルの名曲が連なるユニークなアルバムとなった。
「タイトルの『atelier』は音楽工房のようなイメージで、ふたりの創造の場、そしてチェロとギターのデュオの魅力を発信していく拠点といったニュアンスです。ここでの試行錯誤を経て、チェロとギターのための編曲作品は、私たちふたりのオリジナルとなっていきます。また前作からの繋がりという点では、旅から帰ってくる場所としてのアトリエという意味もあります。この4年間の旅と研鑽を踏まえて、新しい表現を模索し、色をつけていく場所がアトリエなのです」(大萩)
そんなふたりのアトリエには今回3人の作曲家がアレンジャーとして招かれた。モノンクルのベーシストとしても知られる角田隆太はアントニオ・カルロス・ジョビンの《フェリシタージ》、イギリス民謡の《スカボロー・フェア》、坂本龍一の《Andata》、服部良一の《蘇州夜曲》、村松崇継の《彼方の光》の5曲を編曲。宮田のピアソラ・アルバムでも鮮やかな編曲を披露したピアニスト、作曲家の山中惇史はアントワーヌ・ルナールの《さくらんぼの実る頃》と坂本龍一の《鉄道員(ぽっぽや)》をアレンジした。そして作曲家、ピアニストとして幅広く活躍する加藤昌則はエンニオ・モリコーネの名曲から《モリコーネ・ファンタジー》を紡いだ。『atelier』には加藤のオリジナル作品《ケルト・スピリット》のギターとチェロの二重奏版も収められている。
「角田さんは父がリュート奏者のつのだたかしさん、叔父がジャズ・ドラマーのつのだひろさんという音楽家一家に生まれた方なので、どんなジャンルでも巧みに編曲することができます。山中さんは原曲に忠実でありながらもオリジナリティに満ちたアレンジをしてくださりましたし、加藤さんは演奏家の視点も取り入れながら、チェロとギターの特質を熟知した編曲を提供してくださりました。演奏家の視点は角田さんと山中さんの楽譜からも同じように感じられましたね」(大萩)
アルバムはボサ・ノヴァの名曲として知られるジョビンの《フェリシダージ》で幕を開ける。
「幸せを意味する《フェリシダージ》は、カーニヴァルの儚さを通して人間の幸せとは何かを歌った、アンニュイな魅力を持った作品です。アルバムの冒頭で、前作『Travelogue』の旅の思い出を振り返っているかのようでもあります。あまり揺らし過ぎると合わなくなるし、揺れがないとボサ・ノヴァらしさがでません。ボサ・ノヴァ特有のリズムの揺らぎや、どの音に重きを置くべきかなど、ふたりで研究してレコーディングに臨みました。それはまるで、角田さんからのなぞなぞを解いているかのような時間でした」(宮田)
ブラジルのボサ・ノヴァのあとに、イギリス民謡の《スカボロー・フェア》がアルバムの哀愁をより深いものにすると、さらに坂本龍一の晩年の作品である《andata》がそれに続く。
「『atelier』にはウェールズ生まれのゴスの作品、加藤さんの《ケルト・スピリット》、そしてこの《スカボロー・フェア》と、イギリスに関連する作品が3曲収められています。『Travelogue』をリリースしたあと、イギリスをテーマにしたプログラムでツアーを行い、ヴォーン・ウィリアムズの《揚げひばり》やダウランドの作品とともに、《ケルト・スピリット》と《スカボロー・フェア》を繰り返し演奏してきました。そうしたこともあって、《ケルト・スピリット》と《スカボロー・フェア》はすでに自分たちのものになっているレパートリーでした。角田さんの《スカボロー・フェア》のアレンジは、歌詞を強く感じさせるものです。何かを探しているこの歌は、コロナ禍以降の私たちの姿にも重なります。この“探す”という言葉は、このアルバムのもうひとつのテーマになっていて、坂本さんの《andata》にも繋がっていきます」(大萩)
「坂本さんの《andata》は、“チェロとギターという哀愁に満ちたふたつの楽器でこの作品を演奏したらどうなるだろう”というコンセプトで、私がリクエストしました。メロディとハーモニーが一体化した、チェロとギターのマリアージュをぜひ楽しんでください」(宮田)
シャンソンの名曲《さくらんぼの実る頃》や戦中を代表するヒット曲である《蘇州夜曲》など、歌謡性の高い作品もチェロとギターのデュオで聴くと全く新しい世界が広がっている。
「《さくらんぼの実る頃》と《蘇州夜曲》は、“宮田大がシャンソンや歌謡曲を弾いたらどんな演奏になるのか”というのがコンセプトです。結果は従来のシャンソンや歌謡曲とは全く違うスタイルになりましたが、チェロが人間の声のように響いて、そこには確かに歌があります」(大萩)
『atelier』の中央に置かれた加藤の編曲による《モリコーネ・ファンタジー》は、アルバム前半の大きな聴きどころとなっている。
「《モリコーネ・ファンタジー》は、今回のレコーディングでもっとも時間をかけた作品です。ただ美しいだけで終わらないように、フレーズの一つひとつに丁寧に色付けをしていきました。ギターは演奏の途中で半音ずらして調弦する箇所があるなど、随所に加藤さんのこだわりの詰まったアレンジとなっています」(大萩)
このアルバムにはもう1曲、坂本龍一の作品が選ばれている。坂本が映画『鉄道員』のために作曲した《鉄道員(ぽっぽや)》は、宮田のお気に入りの作品だという。
「ときどきピアノで弾いてみるほど、私はこの曲が大好きなんです。山中さんのアレンジはシンプルなところがなによりの魅力で、録音を聴き返してみると、日によってその都度聴こえ方が変わってきます。そうした良い意味での余白を表現できたと思います」(宮田)
アルバムは、加藤の《ケルト・スピリット》とゴスの《Park of Idols》、2曲のオリジナル作品でクライマックスを迎えるが、その間には村松崇継の《彼方の光》が置かれている。
「先ほどもお話ししたように、加藤さんの《ケルト・スピリット》は、数年前からツアーで弾き込んできたもので、今回のアルバムの核となる作品のひとつです。《ケルト・スピリット》のあと、ゴスの《Park of Idols》を演奏する前に、村松さんの《彼方の光》がほっと一息つく時間を与えてくれます。この曲を選んだのは宮田さんです。チェロで歌うのにぴったりの美しいメロディに満たされた作品で、角田さんのアレンジはギターの魅力も存分に引き出してくれています」(大萩)
アルバムの最後に置かれたゴスの《Park of Idols》は、チェロとギターのために書かれた貴重なオリジナルのレパートリーであり、6つの楽章はそれぞれ、作品を捧げられたチェリストのレオニド・ゴロホフとギタリストのリチャード・ハンドの尊敬する人物に関連づけられている。チェロとクラシック・ギターを用いてフランク・ザッパやキング・クリムゾンなどのサウンドを引用するユニークな作品となっている。
「ウェールズ生まれのスティーヴン・ゴスはギターのための作品をたくさん書いている作曲家で、この《Park of Idols》も大萩さんが楽譜を持っていました。タイトルの“アイドル”は日本語におけるアイドルとは少し違うニュアンスを持っていて、尊敬する人物の像といったイメージです。私たちふたりにとって、とてもチャレンジングな作品だったので、皆さまに聴いていただけるのがとても楽しみです」(宮田)
2025年の1月から7月にかけて、アルバムの発売を記念した全国ツアーも予定されている。
「ツアーではいつもMCを挟みながら、くつろいだ雰囲気のなかでリラックスして演奏を楽しんでいただいています。さまざまなジャンルの名曲を散りばめた親しみやすいプログラムですので、チェロとギターのデュオの魅力を発見しに来てください」(大萩)
「ツアーはいつも一期一会のものですが、今回はホールがアトリエとなって、そこにお客さまをお招きするようなコンサートになると思います。クラシック音楽に馴染みのない方も、誰もが楽しめるプログラムを用意しているので、ぜひ気軽に私たちのアトリエを覗きに来てください」(宮田)
取材・文=八木宏之
公演情報
2.イギリス民謡:スカボロー・フェア
3.坂本龍一:Andata
4.アントワーヌ・ルナール:さくらんぼの実る頃
5.エンニオ・モリコーネ/加藤昌則:モリコーネ・ファンタジー
6.服部良一:蘇州夜曲
7.坂本龍一:鉄道員(ぽっぽや)
8.加藤昌則:ケルト・スピリット~ギターとチェロのための~
9.村松崇継:彼方の光
10-15.スティーヴン・ゴス:ParkofIdolsforguitar&cello
Ⅰ.JumpStart Ⅱ.ColdDarkMatter Ⅲ.FracturedLoop Ⅳ.MalabarHill Ⅴ.TheRawⅥⅥ.Sharjah
編曲:角田隆太(Tr.1,2,3,6,9)、山中惇史(Tr.4,)、加藤昌則(Tr.5)
[録音]2024年4月16~18日那須野が原ハーモニーホール
1月26日(日)/徳島:小松島サウンドハウスホール
2月1日(土)/栃木:那須野が原ハーモニーホール
2月2日(日)/埼玉:所沢市民文化センターミューズ
3月8日(土)/愛知:宗次ホール
3月9日(日)/広島:広島市東区民文化センター
6月7日(土)/岩手:キャラホール(都南文化会館)
6月13日(金)/宮城:宮城野区文化センターパトナホール
6月14日(土)/福島:けんしん郡山文化センター
6月15日(日)/青森:弘前市民会館大ホール
6月27日(金)/東京:紀尾井ホール
7月5日(土)&6日(日)/兵庫:兵庫県立芸術文化センター
7月21日(月・祝)/神奈川:神奈川県立音楽堂
他