楠木ともりインタビュー 4thEP『遣らずの雨』リリース 「情景が浮かぶ楽曲になった瞬間が、曲が完成したと思える瞬間」
『遣らずの雨』通常版ジャケット
■「もうひとくち」では雨粒が落ちるリズムを表現したかった
――続いて「もうひとくち」についてお伺いしたのですが、本作は久々に作曲をご自身で行わない制作体制となっています。
もともと自分で作曲もする予定で、理想的なサウンドや、どういう曲にしたいかというイメージは頭の中であったんです。ただ、ササノさんにお願いすれば、そこに新しい化学反応が起こる、そんな気がしたので今回はお願いすることにしました。
――なるほど、ササノさんと知り合ったきっかけはどこだったんですか?
初めてお会いしたのは「プロジェクトセカイ」のレコーディングでしたね。そこで音楽の好みが似ていることと、キャラクターへの愛を強く感じる楽曲制作をしてくれることを感じました。今回の楽曲でも物語性を大切に、歌詞に出てくる2人に寄り添った曲にしていただけるんじゃないかと思って作曲と編曲をお願いしたんです。
――実際にいい化学反応が生まれた楽曲になっていると思います。ササノさんの活動に関しては以前から知っていたのでしょうか?
実はかなり前から知っていました。私がボカロ曲を好きでよく聴いていた頃の、ねこぼーろ名義でボカロPとして活動されていたときから、ササノさんのファンでした。
――そんなタッグで制作した楽曲は、甘いラブソングになっています。
1st EPの「眺めの空」にでてきた男女二人を、女の子の目線から描いている曲なんです。「眺めの空」は女の子に振り回されている男の子を描いたんですが、今回は逆の視点で、振り回しながらも実は影でドキドキしたり悩んだりしている女の子から見える景色を描きました。いじらしくて可愛らしい歌詞になったと思います。
――曲を通していろんなことが起こるけれど、二人の関係は全く進展していないというのが甘酸っぱさをさらに掻き立てていますね。
そこがいいんですよね、これぐらいの関係性が一番見ていてドキドキします。この二人にはずっとこの距離感でいてもらって、それを見守っていたいかもしれませんね(笑)。
――確かに、恋愛で一番面白いのはもどかしい瞬間ですからね(笑)。ここまでの二曲が雨に濡れるイメージのある楽曲でしたが、「もうあとひとくち」はその印象がないのも楽曲の一つの特徴になっているんじゃないかと思いました。
雨粒が落ちることでできるリズムで雨を表現したかったんです。作詞をする時も韻を踏んだり、「っ」を多用したりして、跳ねている感じを出しています。そこにササノさんがイメージ通りの曲をつけてくださって、すごく楽しげな雰囲気の曲になりました。
――加えて、曲自体に感じるジャジーな雰囲気もこの曲をさらに素敵にしていますね。
おしゃれなカフェで雨宿りする二人を描きたかったので、ササノさんにお願いしてコード進行をジャズに寄せてもらっているんです。そういうところも二人のデートシーンが浮かぶようになっていて、すごく気にいっています。
「もうひとくち」
■アルバムの締めくくりは雨上がりを表現した曲にしたい
――ラストの楽曲となるのが「alive」なのですが、これまたサウンドがすごく素敵で。
この曲では初めてトラックコンペをしたんです。そのコンペでいただいた19曲の中から選んだのが今回の曲ですね。聴いた時に、このサウンドだけインストとして成り立つような曲だと感じて。ここに歌詞をつけようと作詞を始めたんですが、書きながらそこまで多く歌が必要ないと思って。歌詞を8行書いてそこで止めるに至りました。
――いただいた歌詞カードを見た時も文字数の少なさには驚かされました。
これまでで一番短いです。これだけの歌詞でも成り立つだけの力を曲が持っている。EPの締めはこれぐらい潔く、演奏主体の曲にボーカルがそっと入ってくるぐらいでもいいのかなと。
――ただその一方で、短い歌詞の中にすごく濃いメッセージが詰まっていると感じました。
実はこの曲『Reunion of Sparks』の時のことを歌った曲なんです。「一面に咲く綺麗な花」が客席のみなさん、「表情を変える陽の光」が会場の照明、「想い出を閉じ込めた箱庭」がライブ会場。そして、また生きて会おうねという約束を皆さんにしていこう、そんなメッセージを込めて歌っています。
――そうするとタイトルの「alive」に「live」という言葉が含まれているのも……。
実はその意味もあります。アルバム全体としては「遣らずの雨」という重いテーマの曲から始まって、最後は生きるというテーマを描いた曲で気持ちよく終わってほしい、そんな想いもあってダブルミーニングのタイトルにはなっているんですが。
――なるほど。同時に”雨”をテーマにしたアルバムの締めくくりとして、雨上がりような爽やかさも感じられますね。
雨って一般的には嫌なものとして描かれることも多いじゃないですか。だからこそ、このアルバムの最後には雨上がりが必要だと思って。
――雨が止む、上がるところまでを含めて雨、という。
そうですね、雨上がりの美しい雰囲気まで描いてこそ“雨”をテーマとしたEPになる、という想いがありました。
『遣らずの雨』初回盤Bジャケット
■聴いた時に情景が浮かぶものになって、初めて楽曲が完成したと思えるんです
――ここまでお話を伺ってきて、楠木さんは楽曲をすごく視覚で捉えているんだな、というのを感じました。
ファンの方からも「曲を聴いて景色が浮かびました」と言ってもらえることがよくありますし。
――よく言われるんですね。それはまさしく、という感じだと思います。
私にとって曲が完成したと思える瞬間って、聴いた時に情景が浮かぶものになった瞬間なんです。音楽が視覚をも刺激するようになった、そう思えてやっと曲の完成。それがきちんと聴く人にも届いていたと思うととても嬉しいです。
――そうすると今回のEPも、耳と目、両方から楽しんでほしい作品になっていると。
そうですね。是非曲に込めた情景も思い描きながら楽しんでほしいと思います。そして、今回のEPは情景の移り変わりも意識して作っているので、できればEP全体を通して楽しんでほしいです。
――4曲セットで聴くことで伝わってくるものがある、ということですね。
配信で本作を曲ごとに聴く方もいると思うんですが、できれば一度EPに収録されている曲をすべて味わってほしいです。そして、聴いた皆さんにとって目に映る”雨”が豊かでドラマチックなものになったらいいなと思っています。
楠木ともり
インタビュー・文=一野大悟