角野隼斗×フランチェスコ・トリスターノ、ジャズの聖地・ブルーノート東京に登場!~楽屋裏トークを交え “Unstoppable” な公演を振り返る~

レポート
クラシック
2023.1.5

「ボレロ」といえば、オーケストラ作品の傑作であり、ある種の問題作といっても差しつかえない。主なメロディーはたったの2種類。およそ15分間の間にその2種類のメロディーがフルート→クラリネット→ファゴット……と多様な楽器間で受け継がれ、カラフルに音が重ねられ、じわじわとボリュームを上げていく。スネアドラムがボレロ特有のリズムを169回休むことなく繰り返し、次第に聴く者を恍惚とさせる。「オーケストラの魔術師」と囁かれたラヴェルの、色彩感溢れる音色変化が肝となる作品であるから、これを2台のピアノだけという、楽器固有の音色が限られた条件で聴かせるには過酷な作品だ。アレンジはもとより、奏者の出せるタッチのヴァリエーションも多いに要求される。
角野の「できる限りの弱音から始めます」という言葉に続いて演奏がスタートした。

冒頭から、タンタタタ タンタタタ タッタッ、タンタタタ タンタタタ タタタタタタというリズムを担当したのは、トリスターノの右手。彼はこのあと、およそ15分、ずっとこのリズムを刻み続けることになる! 右手で鍵盤を打ち、左手で弦に直接触れながらミュートをかける。倍音が響いて高音域のサウンドが不思議な音空間を生み出した。

角野がメロディーを歌い始める。時折重ねる高音域の重音が、やはり倍音を感じさせる。きわめて少しずつ、じわじわと、スムーズに厚みを持たせていく。クレッシェンドしてゆく音の増やし方は見事で、どこまでもエレガント。徐々に強音となっても、けっして音割れのしない豊かな響きが広がっていった! 終盤の音楽はグランディオーソ。荘厳な音の建築物が立ち現れるかのようだった。厚みのある和音で迫力を増しながら、これ以上ないほどの最強音に達して終わった!会場からは割れんばかりの喝采が起こった。

鳴り止まない拍手のなか、アンコールに応えた二人。最後は角野のオリジナル作品。「大猫のワルツ」。これもまたスペシャルなバージョンで、なんと4拍子!もはやワルツじゃない。ボサノヴァ? いや、サンバである(笑)。だが、この曲のエッセンスは健在。そう、誰もが明るく、幸せになれる音楽なのだ。

ここまで、実にクールでかっこいい、トリスターノとのデュオに魅せられ、圧倒され続けてきたが、角野隼斗の音楽はどこか根底に「幸福感」があることを、ここで不意に思い出させられた。彼は芸術家でありエンターテイナーである。人の心に、明るく朗らかでピュアな喜びをもたらすことのできる存在なのだ。その美質が、このデュオの舞台でも輝きを放たれたこと、それを思い出せてもらえたことが嬉しくて、少し泣きそうになった。

1時間20分、ノンストップのステージは圧巻であった。
「本番では、異なる流れやプロセスを生み出して、爆発的な領域に達することができると確信しています。二人でビックバンを起こします」、リハーサルスタジオでそう笑顔を見せたトリスターノの言葉を思い出す。その言葉どおり、二人の宇宙が生み出された夜だった。

ここからは終演後の楽屋トーク。

トリスターノは角野との共演を終えて「彼の音楽性はもう、誰にも止められないね。 Unstoppableだよ!」と伝えてくれた。
ラヴェルのリズムの刻みについて、「右手大変だったのでは?」と聞くと、「全然大丈夫だよ。僕がアレンジしたものだし、これまでにもアリス=紗良・オットとも演奏してきたから慣れてはいるんだ。でも、今日はびっくりしたよ。かてぃんが、途中でメロディーのリズムを(歌う)こんな風に変えてきたから、うわ〜スゲェー!!って思った」(この「スゲェー」のところは日本語・笑)。それをきいて「あははは!」と笑う角野。
ラヴェルもバッハも角野さんの演奏で聞けたのは新鮮でよかった、と伝えたところ、「(ラヴェルは)ああ、そうかもしれない。バッハは、実は半年ほど前から興味が湧いてきてたんです」とのこと。今後もレパートリーの幅は広がっていくのだろう。まさにunstoppableである。

終演後楽屋にて(撮影=飯田有抄)

終演後楽屋にて(撮影=飯田有抄)

取材・文=飯田有抄

公演情報

角野隼斗 全国ツアー 2023 “Reimagine”
 
自身最大規模の全国ツアーを全16公演開催。
300年前の作品と現代の作品を並列に捉えることでクラシック音楽を生きた音楽として“再構築“する。
ジャンルを超えた活躍を続ける角野隼斗の新たな挑戦。
 
スケジュール
1/19 (木) 宮城:日立システムズホール仙台 コンサートホール
1/27 (金) 神奈川:横浜みなとみらいホール 大ホール
1/29 (日) 岡山:岡山シンフォニーホール 大ホール
2/01 (水) 新潟:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 コンサートホール
2/03 (金) 大阪:ザ・シンフォニーホール
2/05 (日) 岐阜:バロー文化ホール(多治見市文化会館)大ホール
2/10 (金) 神奈川:ミューザ川崎シンフォニーホール
2/12 (日) 長野:サントミューゼ 上田市交流文化芸術センター 大ホール
2/17 (金) 福岡:福岡シンフォニーホール(アクロス福岡)
2/19 (日) 山形:山形テルサ テルサホール
2/22 (水) 北海道:札幌コンサートホール Kitara 大ホール
2/24 (金) 愛知:愛知県芸術劇場 コンサートホール
2/26 (日) 東京:サントリーホール
3/03 (金) 京都:京都コンサートホール 大ホール
3/05 (日) 石川:石川県立音楽堂 コンサートホール
3/10 (金) 東京:東京オペラシティ コンサートホール
 
演奏予定曲
J.S.バッハ: パルティータ 第2番 BWV826
J.S.バッハ: インベンション より
ラモー: 新クラヴサン曲集 より
グルダ: プレリュードとフーガ
カプースチン: 8つの演奏会用練習曲 Op.40
角野隼斗: 胎動/追憶
角野隼斗: Human Universe 他
※曲目は変更となる場合があります。予めご了承ください
 
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