角野隼斗と亀井聖矢は音楽シーンになにを刻んだか――“旬”の煌めきと飛躍に満ちた二台ピアノリサイタルを振り返る

レポート
クラシック
2023.2.11

亀井聖矢

亀井聖矢

休憩明けて後半は、亀井がアレンジした「ダンソン第2番」である。メキシコの作曲家マルケスの代表作であるこの曲は、2007年に指揮者ドゥダメルが彼の率いるベネズエラのシモン・ボリバル・ユース・オーケストラが取り上げて大人気となって以来、オーケストラのレパートリーとして世界中で演奏される人気曲だ。亀井のアレンジは見事にオーケストラ曲の印象をそのままに、色っぽく語るような音型はピアノならではの繊細なタッチで描く。打楽器が激しくリズミカルに活躍する中間部からは、ピアノのパーカッシヴな特性を最大限に活かし、2人で熱狂的な盛り上がりを形成してみせた。これは2台ピアノ版として広く普及されて然るべきアレンジではないだろうか。

続いて、亀井が得意とする「イスラメイ」でソロを披露。亀井はこの作品を完全に自分のものとしているようだ。もはや余裕ものぞかせながら、中間部は歌心によって惹きつける。全体に明るい色調に彩られた亀井の「イスラメイ」は、まだまだ進化の途中なのかもしれない。

角野の作品「エル・フエゴ」は、この2台ピアノのツアーのために作曲された。亀井が4月に出場し3位に輝いたマリア・カナルス国際コンクール。その応援のためにバルセロナを訪れた角野が、スペインから受けたインスピレーションをもとに書かれた作品だ。妖艶に立ち上るスペイン風のメロディーはラヴェルのピアノ協奏曲の冒頭を思わせ、主部のワルツは哀愁に富む。キャッチーでありながらも複雑な色合いを持つハーモニーは、調性感や協和音を響かせながらも実にスタイリッシュで現代的。鐘の音が倍音を響かせるように、連続する平行音程で進行する音型は、やはりラヴェルへのオマージュなのか。中間部にはラフマニノフのように濃密なメロディーも登場する。サン=サーンス/リストの「死の舞踏」も彷彿とさせる場面もあるが、音楽はどこまでも陽性だ。

そして亀井聖矢(角野隼斗編曲)「パガニーニの主題による変奏曲」という、三人の音楽家が入れ子構造のようになった作品も、拍子の移ろいなど面白い展開だ。近代ピアノ作品の音楽語法に精通し、技術面でも軽々と弾きこなす2人だからこそ、緩急に富んだバリエーションを自在に提示し、めくるめく世界へといざなった。

大喝采を受けて、角野が演奏したのはカプースチンの「8つの演奏会用エチュード」から「間奏曲」。ジャジーで肩の力の抜けた美しい音色で、持てる引き出しの多さを示した。亀井のソロは彼の代表的なレパートリーであり、旋律の抒情性を際立たせる「ラ・カンパネラ」だ。途中で長いトリルを奏でると、そこから角野が登場。重唱の「ラ・カンパネラ」となり、華麗なるフィナーレへ!これには客席も総立ちで万雷の拍手を贈った。

最後にもう一曲、デュオによるアンコールを弾き始めたと思ったら、角野が途中から「Happy Birthday」のメロディに切り替える。なんと翌日21歳の誕生日を迎える亀井へのサプライズ・プレゼント。会場も一体となる楽しく心温まる瞬間だった。そしてチャイコフスキーの「くるみ割り人形」から「トレパーク」を2人で披露。快速で息の合うスリリングな連弾に会場は沸点に達した。

終始、2人の独特な間合いのMCはどこまでも自然体で、ほのぼのとした雰囲気があり、演奏の切れ味の鋭さとのギャップがまた、たまらない。最後はハグをして締めくくった2人。これからのコラボレーションにも期待の膨らむ一夜となった。

左から 亀井聖矢、角野隼斗

左から 亀井聖矢、角野隼斗

取材・文=飯田有抄 撮影=Ryuya Amao

関連情報/角野隼斗

関連情報/亀井聖矢

シェア / 保存先を選択