菊之助が若君を守り、團十郎が不敵に微笑む『先代萩』、松緑と梅玉が大泥棒になる『四千両』~歌舞伎座『團菊祭五月大歌舞伎』夜の部観劇レポート

レポート
舞台
2024.5.13
夜の部『伽羅先代萩 御殿』(左より)一子千松=尾上丑之助、乳人政岡=尾上菊之助、鶴千代=中村種太郎 /(C)松竹

夜の部『伽羅先代萩 御殿』(左より)一子千松=尾上丑之助、乳人政岡=尾上菊之助、鶴千代=中村種太郎 /(C)松竹

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2024年5月2日(木)、歌舞伎座で『團菊祭五月大歌舞伎』が開幕した。16時30分開演の夜の部で上演の『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』と『四千両小判梅葉(しせんりょうこばんのうめのは)』をレポートする。

一、『伽羅先代萩』

定式幕が開くと立派な御殿。金の襖に描かれた竹と雀は伊達家の家紋を連想させる。『伽羅先代萩』は、仙台伊達藩で実際に起こった御家騒動がモデル。物語は足利時代の設定に置き換えられている。

御簾が上がると、中央に政岡(尾上菊之助)、上手側に鶴千代(中村種太郎)、下手側に千松(尾上丑之助)。すでに緊張感がみなぎっている。御家騒動の渦中、幼くして家督を継いだ鶴千代は、御家乗っ取りを企む一派から命を狙われているのだ。鶴千代を育ててきた乳人政岡は、鶴千代を守るため、“若殿様は男性を嫌う病”ということにして人を遠ざける。さらに毒殺を警戒し、用意される御膳には手をつけさせず、政岡自らが米を炊く。毒味役をつとめるのは、政岡の実の子・千松だ。

夜の部『伽羅先代萩 御殿』乳人政岡=尾上菊之助

夜の部『伽羅先代萩 御殿』乳人政岡=尾上菊之助

菊之助の政岡の品格と気迫が頼もしかった。黒い打掛の下の着物は燃えるような赤。過酷な状況への同情以上に、彼女の覚悟を応援したい気持ちが大きくなった。張り詰めた空気の中、鶴千代をつとめる種太郎の第一声はとても愛らしかった。政岡とのやりとりもいじらしく、観客の心を和ませる。千松をつとめる丑之助は、歌舞伎の子役ならではの台詞回しを守りながら、義太夫に包まれるように千松の心を描き出した。

「飯炊き(ままたき)」と呼ばれる場面では、政岡がお茶の作法で米を炊く。双六遊びと毒味が隣りあわせの豪華な部屋を戦場に、子どもたちが健気に空腹と戦う。政岡が思わず涙をのむ。情愛と忠義で結ばれた三人の絆が浮き彫りになる。

まもなくして栄御前(中村雀右衛門)が、鶴千代を見舞いにやってくる。土産の菓子をすすめられるが、毒入りに違いない。かといって、毒が怖いので食べませんとも言えない状況。追い詰められた政岡と鶴千代の前に……。

雀右衛門の栄御前は、大広間が似合う風格と底の見えない恐ろしさだった。御家乗っ取りの首謀者である仁木弾正の妹・八汐は、残忍な手段に出る。なぶり殺しを楽しむかのように見える八汐もいるが、今回の中村歌六の八汐からは、兄のため、家のため、という必死さや焦りを想像した。その人間臭さは、政岡をより高潔にみせた。八汐に詰め寄る沖の井に中村米吉、松島に中村芝のぶ。この座組で、前段からの通し上演も見たくなる。

夜の部『伽羅先代萩 御殿』(左より)乳人政岡=尾上菊之助、鶴千代=中村種太郎、一子千松=尾上丑之助、栄御前=中村雀右衛門 /(C)松竹

夜の部『伽羅先代萩 御殿』(左より)乳人政岡=尾上菊之助、鶴千代=中村種太郎、一子千松=尾上丑之助、栄御前=中村雀右衛門 /(C)松竹

花道の七三で皆を見送った政岡は、あらゆる雑音を吸い込むような深い虚無に沈んでいく。そして湧き上がる乳人としての「でかしゃった」という賞賛と、子を失った母としての慟哭が、幾重にも心を揺さぶった。菊之助・丑之助という実の親子による「御殿」は、喝采で結ばれた。

続く「床下」。御殿での政岡たちの出来事のまさにその床の下が舞台となる。若殿様の身を案じる荒獅子男之助(市川右團次)が床下で密かに控えていた。

右團次の男之助は「御殿」での盛り上がりをどんと引き受けて、たった一人、別のベクトルで今一度客席を圧倒する。最大出力のエネルギーが、鮮やかで力強い口跡により場内を突き抜けた。床板を吹き飛ばさんばかりの迫力だった。

盛り上がり続ける『先代萩』の最後は、市川團十郎の仁木弾正に託される。

夜の部『伽羅先代萩 床下』仁木弾正=市川團十郎

夜の部『伽羅先代萩 床下』仁木弾正=市川團十郎

白い煙とともに花道に姿を現し、揺らめく差し金の灯りの中で不敵な笑みの弾正。怪しげで、全てを見通して楽しんでいるかのような面持ちが、恐ろしくもあり美しくもあり、恍惚としているようでもあった。現実離れした存在感から、目を離せないまま弾正は揚幕へ。永遠にも一瞬にも感じられるシーンだった。一呼吸をおいて、拍手が降り注いだ。

今月の興行名に冠されている團菊祭の「團菊(だんきく)」とは、明治時代に活躍し、今につながる歌舞伎の礎を築いた名優、九世市川團十郎と五世尾上菊五郎のこと。その芸を受け継ぐ團十郎と菊之助に魅了される一幕だった。

二、『四千両小判梅葉』

安政の時代に起こった、江戸城の御金蔵破りの事件をモチーフに、明治に入り河竹黙阿弥が歌舞伎にした作品。主人公は、野州無宿富蔵(尾上松緑)。作品の軸は、富蔵と藤岡藤十郎(中村梅玉)との異色のバディものだ。

はじまりは夜の四谷見附。おでん屋の富蔵がお堀端で屋台を出していたところ、かつて奉公していた、今は浪人の藤十郎と偶然再会する。藤十郎の思惑を見抜いた富蔵は、お城の御金蔵に盗みに入ろうと大胆な提案をするのだった。ふたりは見事に四千両を盗み出し、足がつかないよう慎重な計画を練って……。

夜の部『四千両小判梅葉』(左より)野州無宿富蔵=尾上松緑、藤岡藤十郎=中村梅玉 /(C)松竹

夜の部『四千両小判梅葉』(左より)野州無宿富蔵=尾上松緑、藤岡藤十郎=中村梅玉 /(C)松竹

松緑の富蔵は、かつて藤十郎の中間をしていた。肚が据わっていて頭が切れ、人に好かれるのも納得の気持ちが良い男だ。その気持ちの良さは、富蔵の思いきりの良さからくるのかもしれない。悪事へのハードルは低く、自分の命への執着がなく、豪胆で刹那的な印象を受けた。

梅玉の藤十郎は、富蔵のような大物感はない。誠実さにも欠ける。にも関わらず梅玉が演じると、憎めない二枚目の浪人になる。梅玉は黙阿弥の七五調の台詞を、その響きの心地良さはそのままに、とても自然に口にする。まるで今ふと口にした言葉が、たまたま七五調だったかのよう。

夜の部『四千両小判梅葉』(左より)女房おさよ=中村梅枝、野州無宿富蔵=尾上松緑、うどん屋六兵衛=坂東彌十郎 /(C)松竹

夜の部『四千両小判梅葉』(左より)女房おさよ=中村梅枝、野州無宿富蔵=尾上松緑、うどん屋六兵衛=坂東彌十郎 /(C)松竹

「中仙道熊谷土手」の場では、思いきりのよい富蔵にも、捨てきれなかったものが描かれる。家族への思いだ。生き別れの母にお金を届けようと向かった先で捕縛され、離縁した女房おさよ(中村梅枝)、義理の父の六兵衛(坂東彌十郎)、そして幼い子供と、唐丸籠ごしの別れとなる。舞台にも客席にも止めどなく涙が落ちていた。三幕目「大牢」の場では、家族を騙した生馬の眼八(市村橘太郎)に落とし前をつけるクダリもあり、家族への思いを思わせた。

さらに見どころとなるのが、伝馬町の「西大牢」の場。当時の牢が歌舞伎座の舞台にそっくり持ち込まれたかのようなリアリティ。黙阿弥が、内部を知る人たちへの取材を元に作ったシーンなのだそう。

囚人たちは畳一枚分を自身のテリトリーに、舞台正面にずらりと並ぶ。畳の高さがステイタスを示す。まるで噺家が大喜利をするテレビ番組のような配置だが、ここは「地獄の一丁目」。厳格な門番のような数見役(坂東彦三郎)にはじまり、間男でつかまった田舎役者もいれば、巾着切の若衆、盗みで御用となった者もいる。古参の囚人、牢名主松島奥五郎(中村歌六)は、大勢の子分を引き連れていたにちがいない貫禄と渋み。隅の隠居(市川團蔵)には、罪状を聞くのも恐ろしい静かな凄みがあった。いつしか自分もその牢にいるような感覚になり、前の観客に隠れるように、肩をすぼめて息を潜めて観劇していた。

夜の部『四千両小判梅葉』(左より)牢名主松島奥五郎=中村歌六、頭=坂東亀蔵、数見役=坂東彦三郎、野州無宿富蔵=尾上松緑、三番役=中村歌昇、四番役=中村種之助、隅の隠居=市川團蔵

夜の部『四千両小判梅葉』(左より)牢名主松島奥五郎=中村歌六、頭=坂東亀蔵、数見役=坂東彦三郎、野州無宿富蔵=尾上松緑、三番役=中村歌昇、四番役=中村種之助、隅の隠居=市川團蔵

大泥棒が主人公と聞いて想像するようなスリリングな盗みの場面はなく、アクション満載の捕物の場面も登場しないが、緩急鮮やかな構成で、からだにズドンと響くハードボイルドストーリー。さらには、こんな〇〇〇さんを見たかった! と嬉しい気持ちになる配役&見せ場もたっぷり。幕切れは、死罪が決まっている富蔵と藤十郎がそれぞれに、「お題目をたのむぜい」と声を張り上げる。囚人たちがこれに応え、大向うも重なって、客席の万雷の拍手で結ばれた。痺れるほどに格好良いラストシーンだった。

『團菊祭五月大歌舞伎』は5月26日(日)まで上演される。

 取材・文=塚田史香

公演情報

『團菊祭五月大歌舞伎』
日程:2024年5月2日(木)初日〜26日(日)千穐楽(休演:16日(木))
会場:歌舞伎座
 
【昼の部】午前11時開演
 
一、鴛鴦襖恋睦(おしのふすまこいのむつごと)
おしどり
 
河津三郎/雄鴛鴦の精:尾上松也
遊女喜瀬川/雌鴛鴦の精:尾上右近
股野五郎:中村萬太郎
 
 
四世市川左團次一年祭追善狂言
二、歌舞伎十八番の内 毛抜(けぬき)
 
粂寺弾正:市川男女蔵
腰元巻絹:中村時蔵
小野春風:中村鴈治郎
小原万兵衛:尾上松緑
八剣数馬:尾上松也
秦秀太郎:中村梅枝
錦の前:市川男寅
乳人若菜
:市村萬次郎
秦民部:河原崎権十郎
八剣玄蕃:中村又五郎
小野春道:尾上菊五郎
 
後見:市川團十郎
 
河竹黙阿弥 作
三、極付幡随長兵衛(きわめつきばんずいちょうべえ)
「公平法問諍」
 
幡随院長兵衛:市川團十郎
水野十郎左衛門:尾上菊之助
女房お時:中村児太郎
極楽十三:中村歌昇
雷重五郎:尾上右近
神田弥吉:大谷廣松
小仏小平:市川男寅
閻魔大助:中村鷹之資
笠森団六:中村莟玉
加茂次郎義綱:中村玉太郎
下女およし:中村梅花
御台柏の前:中村歌女之丞
坂田金左衛門:市川九團次
伊予守頼義:上村吉弥
坂田公平:片岡市蔵
渡辺綱九郎:市村家橘
出尻清兵衛:市川男女蔵
唐犬権兵衛:市川右團次
近藤登之助:中村錦之助
 
 
【夜の部】午後4時30分開演
 
一、伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)
御殿
床下
 
〈御殿〉
乳人政岡:尾上菊之助
栄御前:中村雀右衛門
一子千松:尾上丑之助
鶴千代:中村種太郎
沖の井:中村米吉
八汐:中村歌六
 
〈床下〉
仁木弾正:市川團十郎
荒獅子男之助:市川右團次

 
 
河竹黙阿弥 作
二、四千両小判梅葉(しせんりょうこばんのうめのは)
四谷見附より牢内言渡しまで
 
野州無宿富蔵:尾上松緑
数見役:坂東彦三郎
頭:坂東亀蔵
女房おさよ:中村梅枝
三番役:中村歌昇
浅草無宿才次郎:中村萬太郎
伊丹屋徳太郎:坂東巳之助
四番役:中村種之助
黒川隼人:中村鷹之資
寺島無宿長太郎:尾上左近
生馬の眼八:市村橘太郎
田舎役者萬九郎:中村松江
浜田左内:河原崎権十郎
うどん屋六兵衛:坂東彌十郎
隅の隠居:市川團蔵
牢名主松島奥五郎:中村歌六
石出帯刀:坂東楽善
藤岡藤十郎:中村梅玉
 
 
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