坂本美雨 揺らがない“ほんとう”のものにたどり着きたい――約5年ぶりのアルバム『Something True』に込めた想いを紐解く
坂本美雨
坂本美雨が約5年ぶりとなるアルバム『Something True』を完成させた。森山直太朗、伊藤ゴロー、原 摩利彦がプロデュースで参加した全11曲には、そのタイトルの通り、「これまで真実だと思っていたものが揺らいでしまった世界で、手探りしながら、何かひとつでも揺らがぬ“ほんとう”のものにたどり着きたい」という想いが込められている。本作には、ヴァージニア・アストレイの1986年のヒット曲「Some Small Hope」と、元ちとせの2008年の楽曲「静夜曲」という、どちらも坂本龍一がプロデュースをした2曲のカバーも収められ、 “ほんとう”を探す過程で、 揺らぐことのない父との繋がりも再確認し、祈りを捧げたアルバムだと言うこともできるかもしれない。9月21日にはキリスト品川教会 グローリア・チャペルでのライブも決定している坂本美雨に、アルバムへの想いを訊いた。
――『Something True』は『birds fly』以来、約5年ぶりのアルバムですね。
もともとこのアルバムを作り始めたのは伊藤ゴローさんがきっかけでした。ゴローさんとはよくライブでご一緒していて、そのときに、「美雨ちゃんはライブのときの声がすごくいいから、そのテンションでアルバムを作ってみない?」と言ってくださって。
――それはいつ頃のことですか?
最初にゴローさんとプリプロに入ったのはもう3年以上前だと思います。ただ、そのすぐ後にガザ侵攻が始まってしまって。それまではゴローさんと一緒に曲を作ることにすごくワクワクしていたんですけど、一気に「作ってていいのかな?」という気持ちになってしまって、そこからしばらく作業がストップしてしまったんです。
――アルバムには原 摩利彦さんも参加されていますね。
原さんとの共作は大きかったですね。パレスチナへの想いをどう消化しようかと考えたときに、リフアトさん(ガザの大学教授で詩人のリフアト・アルアライール)の『If I must die』を曲にしたことは大きくて、その辺りからはより直接的に、自分の思いを率直な言葉で曲にするようになったというか。アーティスティックな、想いを昇華した方法ではなくて、より直接的に表現をする必要があると思ったんです。自分が正しいと思うことを見極めて、それを人に伝えることと音楽が共存できるんだと思ってから、少しずつですけど、また楽しくアルバム制作と向き合えるようになってきました。
――去年は映画『国宝』が大ヒットをして、美雨さん作詞、原さん作曲、King Gnuの井口さんが歌唱をした主題歌の「Luminance」がすごく話題になりましたが、そもそも原さんと一緒に曲を作るようになったのはどういったきっかけだったのでしょうか?
原さんとはまずライブで何度かご一緒していて。原さんのライブに私が参加したり、あるブランドの催しで原さんと私と直太朗さんの3人で演奏したり、そういう機会が何度かあって、ここ数年は公私ともに仲良くさせていただいています。2人で曲を作ったのは、NHKの『日曜美術館』のテーマソングが最初だったと思うんですけど、それがあって、「Luminance」があって、という感じですね。今回は京都で合宿をして、本当に何もないところから曲を2人で作っていきました。
――原さんは坂本龍一さんとも交流があって、昔から知っている仲だったわけですか?
お名前は知っていたんですけど、昔から仲が良かったというわけではなくて、音楽だけ知っている感じでした。でもやっぱり2人とも教授にすごく影響を受けてきたので、音楽的な姉弟というか、同じものを聴いてきて、同じ血が流れている感じがします。
――昨年12月にEP『Resonant Tales』としてリリースされていて、今回のアルバムにも収録されている「Fog」、「If I must die」、「sanbika」の3曲はパレスチナへの祈りがテーマになっていて、原さんとはその想いも共有していたわけですよね。
そうですね。ガザ侵攻が始まって、割とすぐの頃からお互いパレスチナのことを調べたり、現地の人と連絡を取り合ったりして、同じ壁にぶつかったり、現地の人たちとのやりとりについて日々話し合ったりして。お互いを励まし合いながら、その中で音楽家が何をすべきかということはすごく考えました。
――先日SPICEで蓮沼執太さんの取材をしたときも、今の時代の中で、直接的に声を上げることの重要性が話題になりました。最近のデモに勇気をもらっていて、美雨さんのスピーチが素晴らしかったとも話されていました。
嬉しいです。やっぱり音楽は平和なものというかね。平和じゃないと純粋に楽しめないものという考え方もあるし、自分だけじゃなくて、同じ時代を生きてる人間の美しさを表現する、それがアーティストの仕事だと思っていて。戦争や虐殺はそれの真逆にあるもので、それを許すわけにはいかないし、それを見て見ぬふりして、この小さい国はまだ安全だからって、いつもと同じように、何事もなかったように音楽をやることはやっぱりできなかったですね。この世界で起きていることは、自分にも直接関係があることだっていうのは、これまでも感じてきましたけど、パレスチナのことを勉強し出してから……あんなひどいことが許されるんだっていう憤りももちろんあるけど、自分たちの生活が少しずつそこに加担している、経済で深く結びついているわけだから、誰一人として関係ないことはないんだって、この年になってやっと実感して。でもそれがすぐ音楽に結びついたかというとそうではなくて。やっぱりショックだし、そういうことをたくさんの人に知らせなくちゃいけないっていうことの方が先に来て、SNSでいろんなことを拡散したり、音楽を作るどころではなくなってしまった時期も長かったんです。
――でも信頼している原さんとだからこそ、その想いを音楽にできたと。ちなみに、今回のアルバムには坂本龍一さんがプロデュースをした「静夜曲」のカバーが収録されていますが、「Fog」を聴いて、同じく坂本龍一さんがプロデュースをした元ちとせさんの曲で、反戦歌としても知られる「死んだ女の子」を連想しました。
それは意図はしていなかったので、お話を聞いてなるほどと思いました。「Fog」の歌詞に出てくる事例は、私がリアルタイムでSNSの中で発信を見ていたことで。ヒンドちゃんという女の子だったり、フォローしているうちに、人柄も含めて好きになったジャーナリストだったり、そういう人たちがある日突然、寝て起きたら殺されている、そんな日々が続いていたんです。毎日そんなことが起きる中、一人ひとりを忘れたくないし、一人ひとりの名前をちゃんと呼びたい。「Fog」はそういう気持ちで歌詞を作りました。
――「Fog」の歌詞では《everything I ever believed has turned to fog》と歌われていて、これまで信じてきたものが揺らいでいる。でもだからこそ、「Something True」=本当に信じられるものを持っておくことの大事さが、アルバム全体のテーマになったのかなと。
それを持っておくことが大事というよりは、自分の中で揺らがない本当のことを一つひとつ確かめていった、その過程のアルバムという感じなんです。
――原さんとはアルバムの1曲目に収録された「Lullaby」も作っていて。映画『もし、これから生まれるのなら』の主題歌として書かれているわけですが、人は生まれてきて、いつかは消えていくんだけど、その中に大事な時間、記憶、温もりがある。これもまさに人間の誰しもに当てはまる本当のことで、1曲目にふさわしいと感じました。
誰もが祝福されて産まれるべきだし、ちゃんと可愛がられながら生きる権利があって、それを奪われてはいけないという気持ち。それと同時に、もう失われたものへの、その人が存在したことを受け継いでいくんだっていう気持ちですね。もともと監督の⼟海明⽇⾹ さんから、⼦守唄のようなイメージのお話をいただい ていて、その⽅向性は原さんとも共有していました。今回アルバム全体を通して、声を張り上げたり、あまり高い音域の曲もなくて。レコーディングではウィスパーも多用していましたし、本当に隣にいるみたいな、囁きかけるような、聴いてる人のそばにいるような音色を心がけました。
――森山直太朗さんの参加はどういった経緯だったのでしょうか?
直太朗さんも日頃よく一緒にご飯を食べたり、家族ぐるみで集まったりする仲間で、彼も私の歌への想いとか、歌ってるときにどういう気持ちなのかをわかってくれる人なんですよね。なので、彼の言葉だったら他の人の言葉でも歌える、歌いたい、という気持ちになったんです。それで改めてちゃんと「曲を書いてください」とお願いをしたら、「もうあるよ」って言われて(笑)。もう私を想定して作ってくれていた曲があったみたいで。
――それは「美しい雨」?
そうです。
――タイトルからして美雨さん宛てですもんね。
平井真美⼦さんとも⼀緒にアルバムを作っていて、直太朗さんも私が歌う場によくいてくれるので、私⾃⾝より先に「美⾬ちゃんはこういう歌を歌ったらいいんじゃないか」と思ってくれていたのかもしれないなって。私の歌のことをすごく理解してくれていたんだなと思いました。
――「食卓」は歌詞が美雨さんと直太朗さんの共作で、作曲はゴローさん。このアルバムにはいろんな本当のことが入っていて、パレスチナに代表される社会的な、政治的な問題の曲も入ってるけど、でも「食卓」みたいな、すごく日常的なことについての曲も入っていて、そこも美雨さんらしい作品だと感じました。
国のこと、社会のこと、政治のことっていうのは、拡大していくと、一人ひとりの生活だし、食卓だし、全部が結びついて、全部が個人的なこととも言えるので、アルバムの中でそれが一望できるというか、全部がつながったなって。それは日頃から感じていることではあったんですけど、今回の曲を並べてみたら、「あ、そうなってた」って、それは後で気づきました。
――「食卓」の歌詞について、直太朗さんとはどんなやりとりがありましたか?
まず最初に私がバーッと書いて。直太朗さんと共通の友達の、いつも集まってご飯を食べさせてもらっている方のお家の話なんですけど。その方のお家にはいつもいろんな人が集まっていて、血は繋がってないけれども、本当に家族のような、「おかえり」って言ってくれるような、その空間のことを書きたいと思ったんです。で、何かもう一声あるといいなと思ったときに、その同じ空間をいつも共有している直太朗さんに添削してもらおうと思って、「これどうかな?」って見せたら、「めっちゃいいじゃん」って言いながら、「ちょっと持ち帰るね」って持って帰って、その次の日に「移動の時間にスラスラ書けてしまった」って、1曲分書いてきてくれたんですよ。だから、詞が倍に出来上がってしまって(笑)。なので、そこからお互いの部分を削って、組み立て直しました。同じ場所のことを書いているので、どこをどうつなげてもおかしくないぐらいの感じで、だからこそ難しさもあったんですけど、でもうまくまとまりましたね。
――美雨さんと直太朗さんのお知り合いの食卓がモチーフではありつつ、聴き手もそれぞれの食卓の光景を重ねられる曲だと感じました。
そうなんです。猫がいたり、古いレコードがかかっていたり、ポプラの机があったり、そういう具体的なことを書いても、聴いた人が「ここ知らない」と思うんじゃなくて、「なんか懐かしいかも」って思えるような、自分の記憶にある実家の風景だったり、そういう場所を思い出せるような曲になったらいいなと思ってましたね。
――作詞作曲が直太朗さん、アレンジと演奏が『birds fly』の平井真美子さんと徳澤青弦さんによる「なにもいらない」はめちゃめちゃいい曲ですね。曲そのものはすごく直太朗さん的な世界観を感じるんですけど、やっぱりこの編成で録って、美雨さんが歌うと、この組み合わせならではのものになっていて、めちゃめちゃいいなと思いました。
ありがとうございます。嬉しい。真美子さんとの演奏は本当に心を許せるというか、一番自由になれる場所かもしれない。
――歌詞についてはどんなやりとりがありましたか?
直太朗さんが完璧に仕上げていて。でも2人とも同じ時期に父を亡くしたり、喪失感を共有していた部分もあったので、私とも響き合った歌詞でしたね。
――直太朗さんも 2023年にお父さんを亡くされているんですね。
そうなんです。でもお父さんが亡くなる前に雪解けというか、向き合える時間があったって、彼もいろんなところで語っていて。私もそうだったので、その体験はこの曲にちょっとずつ入ってるなと思います。
――ピアノとチェロをフィーチャーした間奏がすごく印象的ですが、今の話を聞くと、あそこは祈りのパートというか、曲のメッセージ的な意味でも必要なパートだったのかなと。
あの構成は多分真美子ちゃんが最初から作っていて、私が聴かせてもらったときから構成はもうできてたんですけど、真美子ちゃんなりのファンタジーというか、魂が自由になる瞬間があって。それがこの曲で語られている主題の、人なのか何なのか、いろんな魂が自由になっている様子みたいだなって、いつも聴きながら思います。
――歌いながら、美雨さん自身の魂も解放されていくような感覚になる?
そうですね。その解放された気持ちというのが、タイトルの『Something True』、本当のことの大きな一つなんです。目には見えないんだけど、2人の間にある幸せな気持ちだったり、解放された気持ち、つながってるんだっていう気持ちが、すごく揺るぎないものに思えたんですよね。
――坂本龍一さんが関わっている曲のカバーが2曲入っているので、それぞれの曲について話していただけますか?
「Some Small Hope」は以前birds flyトリオでカバーしたことがあって、そのときに教会音楽みたいだなと思ったんです。ダークな世界観なんですけど、神聖な祈りのように感じられて、このアルバムに入れたいと最初から思ってましたね。「静夜曲」に関しては、父にいちばん近かったスタッフの方が、「この曲、美雨ちゃんが歌ったらいいんじゃないか」という風に提案してくださって。元ちとせさんにも快くご承諾いただき、当時のピアノ・トラックをそのまま使⽤させて頂けることになりました。
――Sister M名義で参加した「The Other Side of Love」以来の共演?
その後のファーストアルバム(1999年リリースの『DAWN PINK』)も父がプロデュースしてくれて、それ以来ですね。
――坂本龍一さんが演奏したピアノと一緒に歌ってみて、いかがでしたか?
そうですね……息がぴったり(笑)。歌い方はちょっと悩んだんですけど、いざ歌ってみたら、タイミングとか、どこでこういう音が来るみたいな、その呼吸が、本当にその場に一緒にいるみたいに歌えた感覚があって。不思議でしたね。幸せでした。
――「なにもいらない」に関して、精神的な繋がりや解放感がアルバムの軸になっているという話をしてくださって。もちろんその中にはいろんな繋がりがあって、食卓を囲む身近な友人であり、パレスチナの人たちとの繋がりもありつつ、やっぱり坂本龍一さんとの繋がりというのは、このアルバムのとても大きな一要素になっているなと。
そうかもしれないですね。「なにもいらない」の中に《そこに君が揺蕩い 生き続ける夜明け》という一節があって、それ以外はなにもいらないと言ってるんですけど、まさしくそういう繋がりを感じていて、父の音が生き続けているなと思いますね。
――では最後に、9月21日に品川教会で、birds flyトリオ編成で開催されるライブに向けて、一言いただけますか?
品川教会はずっとライブをやりたいなと思っていた場所で、このアルバムはやっぱり祈りのアルバムなので、教会は演奏をするのにふさわしい場所であり、それぞれの祈りが持ち寄られる場所という印象もあって。だから「私が曲を披露します」という気持ちよりは、みんなが祈りを持ってくるというか、小さな祈りがたくさん集まる場所っていう、そんなイメージでいます。私の歌、真美子さんのピアノ、青弦さんのチェロによって、みんなの気持ちが解放されていく。そんな空間になったらいいなと思いますね。
取材・文=金子厚武
リリース情報
2026年6月24日発売
SHM-CD: UCCJ-2258 \3,520(tax in)
<収録曲>
01. Lullaby
Lyrics: 坂本美雨 Music: 原 摩利彦
Produced & Arranged by 原 摩利彦
02. If I must die
Poem: Refaat Alareer Music: 原 摩利彦
Produced & Arranged by 原 摩利彦
03. 美しい雨
Lyrics & Music: 森山直太朗
Produced & Arranged by 森山直太朗
04. 帰郷
Lyrics: 坂本美雨 Music: 伊藤ゴロー
Produced & Arranged by 伊藤ゴロー
05. 食卓
Lyrics: 坂本美雨, 森山直太朗 Music: 伊藤ゴロー
Produced & Arranged by 伊藤ゴロー
06. カレー屋の娘
Lyrics: 御徒町凧 Music: 森山直太朗
Produced & Arranged by 森山直太朗
07. Some Small Hope
Lyrics & Music: Virginia Astley, 坂本⿓⼀
Produced & Arranged by 伊藤ゴロー
08. Fog
Lyrics: 坂本美雨 Music: 原 摩利彦, 坂本美雨
Produced & Arranged by 原 摩利彦
09. sanbika
Music: 坂本美雨, 原 摩利彦
Produced & Arranged by 原 摩利彦
10. なにもいらない
Lyrics & Music: 森山直太朗
Produced by 森山直太朗 Arranged by 平井真美子
11. 静夜曲
Lyrics: 岡本定義 Music: 坂本⿓⼀
Original Track Produced & Arranged by 坂本⿓⼀
Original Artist: 元ちとせ
ライブ情報
2026年9月21日(月・祝) キリスト品川教会 グローリア・チャペル
出演:坂本美雨(vocal)、平井真美子(piano)、徳澤青弦(cello)
開場16:00 / 開演 17:00
<
自由席¥6,900 (整理番号付)、未就学児券¥2,900 (整理番号付)
イープラス https://eplus.jp/sf/detail/0098710001-P0030010P021001