『イケメンと行く!妄想アートデート』 シリーズ第7弾は、ヨコハマトリエンナーレ2017
読者のみなさまに、今回のアートデートの設定をご説明する前に、思い出していただきたいたい言葉があります。
「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです」
今年、話題になった結婚情報誌・ゼクシィのCMフレーズです。
そう! 結婚するか、しないかの選択が存在する時代だからこそ、結婚に悩む女性が増えています。ドラマ『東京タラレバ娘』に登場する、アラサー女子たちが「あの人と結婚していたら……」「もしこうしていれば……」と過去を思い返しながらも、今を懸命に強く歩く姿。自分自身の姿と重ね合わせた人も多くいたことでしょう。
今回のアートデートは、そんな女性たちに「わかるわかる」と共感してもらえたらと思い、結婚の約束をしたにも関わらず「本当にこの人でいいのかな……」とマリッジブルーに悩む女性が主人公の物語としました。
お相手は、作・編曲家であり鍵盤奏者の岩城直也さん。彼は23歳と若手ながら、輝かしい経歴の持ち主。素敵なベビーフェイスを活かして、“年下彼♡”という設定も盛り込んでみました。
そしてデートの舞台となった、ヨコハマトリレエンナーレ2017(略称「ヨコトリ」)について簡単に解説します。
ヨコトリ2017のテーマは「島と星座とガラパゴス」。「接続と孤立」を掲げています。島国を世界との孤立と捉えるのか、あるいはそこからのつながりと捉えるのか。同様に、星も1つ1つは点であるけれども、線で結ぶことでつながりを持った星座があらわれます。また、ガラパゴスは、孤立の中で他者との共生の中では生まれなかったような独自に発展を遂げたものといえましょう。接続性だけでなく、孤立の中で生まれ出たものも扱っているのです。
テーマの通りこの展覧会自体が、それぞれのアーティストが自分と向き合った孤立の中で生まれた作品が展示されており、それらがこの1つヨコトリ2017という集まりの中でつながっています。
こうした背景も頭にとどめつつ、妄想アートデートをお楽しみください。
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久しぶりのデートの当日。すかっと晴れ上がった青空には、気持ちの良さそうな雲がいくつも浮かんでいる。これでもかというほど「デート日和」な日曜日だ。にも関わらず、私の心はどんよりと沈んでいた。
1年半付き合っている彼と1ヵ月前に「そろそろ結婚しよう」という話になった。
彼は、23歳と若いながらもやりたいことをちゃんと仕事にしている。今年で29歳になる私の年齢を考えてくれての決断に、当初はとても感激した。
しかし、この1ヶ月の私といえば、どんな結婚式にするか、両親への挨拶はどうするか、など現実的に話を進めれば進めるほど、彼の嫌な部分が沢山見えてくるようになってしまった。
……これがマリッジブルーというものなのだろうか?
この数週間、「この人で本当にいいのか……? でもここで結婚しなかったら、あの時、結婚していれば良かったと思うかも知れない」という思考が堂々巡り。そんな憂鬱な気分を胸の奥に抱え、待ち合わせ場所に向かう。
横浜美術館の前に座っている彼を発見。
アイ・ウェイ・ウェイ《安全な通行》2016、《Reframe》2016 ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景 ©Ai WeiWei Studio
私:直也くん、待った?ごめんねー。
直也くん:全然いいよー。でも僕、楽しみすぎて10分前から着いちゃったよー!
私:そうだったんだー……。
なんだろう……。付き合い始めなら嬉しかったであろう言葉も、今は心にヒヤリと落ちる。10分前から来るぐらいなら、昨日送ったLINEに返事して欲しかったんだけどな、という言葉をぐっと飲み込み、2人で歩き出す。
そんな私の感情に気付くはずもなく、直也くんは、能天気に話し出す。
直也くん:今回の展示は、音楽性がある作品もあるから楽しみなんだよね。
私:そうだね。このトリエンナーレの題名もいいよね。「島と星座とガラパゴス」・
直也くん:接続と孤立をテーマにしているらしいね。うーん、奥が深そうだなー。
私:社会派な作品も多そうだよね。
アイ・ウェイ・ウェイ《安全な通行》2016、《Reframe》2016 ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景 ©Ai WeiWei Studio
直也くん:有名な作品だ! アイ・ウェイウェイの《安全な通行》だって。
私:実際の難民が使ってた救命具を使用しているんだよね。
アイ・ウェイウェイといえば、何度も中国政府に捕まっている社会派のアーティスト。本作に使用された救命具は全部で約800着(!)あるそうだ。権力構造と大衆との関係性を示唆しているこの作品は、確かにトリエンナーレの目玉と言えるだろう。
続いて、美術館の中に入るとすぐに飛び込んできたのは、大きなしめ縄。無数の竹が独自の方法で締め上げてあるオブジェだ。
ジョコ・アヴィアント《善と悪の境界はひどく縮れている》2017 ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景
直也くん:あ、これも昨日の夜にインスタで見たやつだ〜。ヨコトリのタグ付けでけっこう投稿されてたよ。
直也くんの言葉に、もやっとした気持ちが頭をもたげる。
(おかしいわね。私が送った「結婚式のイメージ少し固めていこうね」っていうLINEはスルーしてましたけどね。インスタは見るんですね)
……意地悪な言葉をまたも飲み込み、2人でしめ縄をくぐる。
次のフロアには、日本のアニメカルチャーを彷彿とさせる作品が展示されていた。
ミスター「ごめんなさい」 ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景
パンフレットを目にやりながら彼が私に説明してくれる。
直也くん:これは、今回の美術館のテーマであるガラパゴスの1つなんだって。確かにアニメカルチャーは日本が独自の創造性の中で発展していったものだもんね。
確かに、一度はどこかで目にしたことがあるようなカラフルなイラストたち。だんだんと作品に魅了され高揚してきた。パンフレットを見ながら次の展示室に進む。
ハタと気づいて周りを見渡すと、彼が見当たらない。先に行ってしまったのだろうか。
一緒に同じ作品を見ていなくてもいいのだが、先に行くなら少し声をかけたり、私を気にしたりしないのだろうか。自由奔放な彼なら、そんなこと気にしないか……。少しの諦めと共に次のフロアを探す。
……やっぱりいた。
私:もうー! せめて次の部屋に行くなら声かけてよー! 探したよ。
せっかくアートの世界に浸っているのに、イラっとした気持ちが沸いてくる。先に行ったぐらいで動揺する私の心が狭いのかもしれない。でも、今日だけのことじゃない。こういう所が生活の端々に出ている気がする。
ロブ・プルイット《オバマ・ペインティング2009/1/20-2017/1/20》2009-2017 ヨコハマトリエンナーレ2017展景
直也くん:だってゆっくり見たいかなって思ってさ。ね、それよりここユニークだよ。
私:もー。何? ここはどういう展示?
直也くん:これは、オバマ元大統領を8年間毎日描いた作品の一部になんだって。あとこっちは、カレンダーにその時の出来事とかが描かれていて、日記みたいになってるんだって。
私:えー! 同じことを毎日するって大変なことだよね。
直也くん:あ、僕らが付き合い始めた日もあるかな? ……あった! これだ!
ロブ・プルイット《スタジオ・カレンダー》2016 ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景
2月14日のバレンタインの日を無邪気に指さす彼。
この頃は、マイペースな所も自分の興味に突き進む所も、若くて可愛いと思っていた。そんな彼が好きだったのに、今はどうしても幼稚な部分ばかり気になってしまうんだろう。彼はちっとも変わっていない。変わってしまったのは私なのだろうか。
その後に続くカレンダーを見渡して彼がふっ、と呟く。
直也くん:付き合った日から今日まで、一日一日って小さく感じるけど、ちゃんと積み重ねてきたんだね。
その言葉に、私は少し驚いた。彼はそんな風に感じてくれているんだと。
その後は、2人でちゃんと感想を言いながら一緒に展示室を回ることができた。
マーク・フスティニアーニ《トンネル》2016 ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景
オラファー・エリアソン《Eye see you》2006 ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景
ああでもない、こうでもない、と言い合いながら、いろんな作品を鑑賞する。
最後に美術館のグッズコーナーに寄った。
ポストカードを選ぶためだ。お互いが気に入りそうなカードを選び、あとで交換するのがデートの恒例となっている。
グッズコーナーを出た私たちはご飯を食べることにした。
美術館前にあるMARK ISの1階にあるイタリアンに入る。
私:「Amalfi CAFEÈ」って、鎌倉にある有名なイタリアンがプロデュースしてる所じゃない?
直也くん:あれ、ほんとだ! やったー! ここにもあったんだね!
美味しいご飯が食べられると思うと自然とテンションが上がってしまう。2人とも同じパスタを選ぶ。
直也くん:にんじん、入ってた。あげる。
私:あ、じゃあ、じゃがいも、はい。
これもいつのまにか私たちの習慣になっている。彼の嫌いなにんじんを私が食べ、私の嫌いななじゃがいもを彼に食べてもらう。
パスタを食べ終わりそうな頃、彼はまた言った。
直也くん:ほら、大好きなズッキーニ。僕の1つあげるよ。
私の好きなものを知っている彼。この1年半で積み重ねた私たちの習慣だ。彼の言葉と美術館で見たカレンダーの作品を思い出した。
次に向かうのは赤レンガ倉庫までの道のり。天気が良かったので、時間をかけて歩いて向かった。
私:結婚式さ、どんなイメージがいいとか少しは考えた?
直也くん:それが迷っててさ、いろいろ考え過ぎて決まらないんだよね。
私:なんだ……考えてはいたんだね。
直也くん:そりゃそうでしょ。
赤レンガ倉庫1号館に到着すると、光が遮られた空間の方から微かに音が聴こえてきた
直也くん:こっちの方が映像とか音楽性がある作品が多いんだよねって、早く行こ!
私:確かに、大きな音が聞こえてきたね。
大きな音の正体は、宇治野宗輝の《プライウッド・新地》のようだった。家電製品や改造されたエレキギターなどが動きや音を発し、光や映像とコラボレーションしている。
直也くん:うわぁ、ユニークだね。どこから音がしているんだろう。
私:迫力あるね。洗濯機の回る音も混ざったりしてるね。
音楽のこととなると俄然、キラキラした瞳で作品を眺める彼。
宇治野宗輝《プライウッド新地》2017 ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景
彼がゆっくりと作品を堪能したあと下の階に降りてみると、不思議な空間の展示室が広がっていた。
テーブルの上に開いて置かれているのは、ヨーロッパのロードマップ。都市や町村以外は、全て黒インクで塗りつぶしてある。マップは全部で100冊あり、並べるとヨーロッパの全体図となるのだ。真剣に作品を見つめる彼に話しかける。
キャシー・プレンダーガスト《アトラス》2016 ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景
私:ね、直也くん。黒い地図から、人々の住処が星座のように光ってるってなんかロマンチックな感じしない?
直也くん:うん、わかる。なんだか人の軌跡とか営みを感じるよね。
私:展覧会のテーマにぴったりだね。
自分でもよくわからないが、心の中の大切なものがかすめたような気がした。
奥の展示に進んでいくと、またしても音が響いていた。
ラグナル・キャルタンソンの《ザ・ビジターズ》という作品。
ラグナル・キャルタソン《ザ・ビジターズ》2012 ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景
1つの家の中で別々の部屋にいる演奏者たち。9つの部屋の様子がスクリーンに映し出され、それぞれがヘッドフォンから他の人たちの演奏を聴いて1つの曲を奏でようと試みている。音楽家というよりはごく普通の人々が楽しんで演奏しているようで、お世辞にも上手とは言えないが、初めはバラバラだった演奏が少しずつ合わさっていく。
部屋の中での孤立しているように見えた各々が、少しずつ他者と接続していく。
私:少しずつでいいのか……。
と意図せずこぼれた私の声が聞こえていない彼。
直也くん:こういう音楽の見せ方ってすごく面白いな。姿は見えないけど、音楽を通じて生き生きと“接続”されていく…… 。いい意味で生々しくて、ドキドキするなぁ。うん、参考になった。
興奮しながらも無邪気な顔を覗かせる。
私は、突然、自分が何にもやもやしていたのかに気付いた。そうか、私は結婚が決まったことで、次のステージに焦って移動しようとしていたのだ。それと同じスピードで来ない彼に苛立っていたのだ。彼への気持ちが変わってイライラしていたわけじゃない。自分と同じであることを求めすぎていた。少しずつ合わせていくから意味がある。そうやって日々歩いてきた。自分の弾きたいように音を奏でつつ、他の人の音色もちゃんと聴く。下手でもいい。少しずつで良かったんだ。
美術館を出て、海が見える近くのベンチに移動した。
恒例のポストカード交換をする。
私:わ! 私の大好きなゴッホじゃん!
直也くん:えへへ~。《星月夜》っていうんだっけ? あんまり詳しくないんだけど……。一見、心がざわつく絵なんだけど、色合いが柔らかい感じだからいいなって思って。
私:私は直也くんから感じる純粋でキラキラした感じをイメージして選んだんだ。
直也くん:おー、素敵だね!
温かな気持ちに包まれる。思わず手を伸ばして彼の頭をなでる。
私:私が喜ぶと思って、選んでくれたんだよね。ありがとう。
はにかむ彼の笑顔。
私:どの作品が一番印象的だった?
直也くん:横浜美術館にあった、風間サチコさんの作品かな。
風間サチコ「僕らは鼻歌で待機する」 ヨコハマトリエンナーレ2017展示風景
コミカルかつシニカルに現代の日本社会への風刺が描かれていた作品だ。学校に馴染めなかった作家自身の体験に基づくものらしい。
私:あれは迫力あったよね。“こうしなければならない”みたいな雰囲気からの孤立がテーマになってた。
直也くん:圧倒的なエネルギーとものすごい情熱を感じたなぁ。作品を見た時、頭の中でいろんな音が鳴ってたんだよ。おどろおどろしい、何かがうごめく感じは男声コーラスやチェロ。現代に通じる鮮烈な光のようなものはシンセサイザー……。言葉じゃ表しきれないな。
そう言うと、彼は海を眺めに行った。
作・編曲家である彼の類まれなる感受性を素敵だと、私は尊敬していた。彼のピュアさや感性を支えていきたいと感じていた優しい感覚が胸に広がる。
黒く塗りつぶされた地図を思い出した。星と星がつながりを持つことで星座という形を作る様に、私はゆっくりと彼とつながっていっている。
きっとこれからも、私は彼の苦手なにんじんを食べ、彼は私の苦手なじゃがいもを食べてくれるだろう。
私:ね、直也くん。今度からは、結婚式のこともそれ以外のことも一応考えてることとか、もう少し返事して欲しいな。なんか私ばっかり考えていて焦ってるのかなって心配になるからさ。決まらないって言ってくれれば、私が選ぶし。
直也くん:あ、そっか。ごめんごめん。今、ふと思ったんだけど、海の近くで挙式するのも良くない?
私:確かにそうだね。国内でも海外でもいいけど、いいかも。そしたらさ、家に帰って雑誌見てさ……。
直也くん:ちょっと待って。インスタで #海辺 #ウェディングで見てみよう! えーっと……。
またインスタかよ! これだからネット世代は!と心の中でつっこみながらも
私:どんなのがあった? 見せて〜。
満面の笑みで答えた。
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いかがでしたか?
ちなみに、この物語はフィクションです。実際の岩城さんはインスタばかりしていません(笑)。
ただ、美術館に行くといろいろなことを考えたり感じたりしますよね。その感覚を少しでも味わっていただけるといいなと思いました。特に今回のヨコハマトリエンナーレは、奥深くてハッとさせられる作品が沢山あります。このストーリだけではまだまだご紹介しきれていないので、ぜひ、実際に足を運んでご覧ください。
出演:岩城直也
写真:大野要介
文:Yoshiko
③赤レンガパーク