『ピーターパン』を彩る珠玉の名曲と、初演のクリエイターたち~「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」番外編

コラム
舞台
2021.7.13
ミュージカル版『ピーターパン』のブロードウェイ初演(1954年)で、タイトル・ロールを演じたメリー・マーティン(右)と、タイガー・リリー役のソンドラ・リー Photo Courtesy of Sondra Lee

ミュージカル版『ピーターパン』のブロードウェイ初演(1954年)で、タイトル・ロールを演じたメリー・マーティン(右)と、タイガー・リリー役のソンドラ・リー Photo Courtesy of Sondra Lee

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ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story
☆番外編 『ピーターパン』を彩る珠玉の名曲と、初演のクリエイターたち

文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 今年、日本初演40周年を迎える『ピーターパン』。英国の劇作家・小説家ジェイムズ・M・バリーが創造した、永遠に大人にならない少年の夢と希望に満ちた冒険物語は、あらゆる世代の観客を魅了してきた。このミュージカルが、ブロードウェイで初演されたのは1954年。ここでは、存命のキャストへのインタビューを軸に、楽曲の魅力や知られざるメイキングに迫りたい。

初演のオリジナル・キャストCD(輸入盤)

初演のオリジナル・キャストCD(輸入盤)

 

■タイガー・リリーは語る

 翻訳上演のチラシにも英語で小さく表記されているが、初演の演出・振付・改作を担当したのが、『ウエスト・サイド・ストーリー』(1957年)のジェローム・ロビンス(1918~98年)だった。本連載VOL.13で紹介した『オン・ザ・タウン』(1944年)や、『ハイ・ボタン・シューズ』(1947年)、『王様と私』(1951年)などの振付で、飛ぶ鳥を落とす勢いだった彼にとって、振付のみならず演出も手掛けた最初の作品が本作だったのだ。この初演で、ピーターを慕うインディアンの少女タイガー・リリーを演じたのがソンドラ・リー。ロビンスに踊りの才能を認められ、『ハイ・ボタン~』に抜擢された逸材だ。彼女が、ロビンスとの仕事を振り返る。

「ジェリー(ジェロームの愛称)は、一切の妥協を許さない完璧主義者でした。彼のダンスの基本は『真実』。つまり、人間の本能や感情に忠実な踊りで、このステップなら、観客からはこう見えるというような計算が一切ない。とても正直な振付師だったわね。私が演じるタイガー・リリーが仲間たちと踊る〈インディアン・ダンス〉は、子供たちが公園などで無心に遊び回る動きが振付のベースでした。そして、ジェリーのダンスに対する姿勢が演技にも反映されて、ピーター役のメリー・マーティンや私は、役柄に成り切り真摯な気持ちで演じる事が出来たのよ」

ジェローム・ロビンス(右)とリー(1950年代) Photo Courtesy of Sondra Lee

ジェローム・ロビンス(右)とリー(1950年代) Photo Courtesy of Sondra Lee

 マーティン(1913~90年)は、『南太平洋』(1949年)や『サウンド・オブ・ミュージック』(1959年)、『I DO!  I DO!』(1966年)などの名作に主演した、ブロードウェイ黄金期の大スター。タイトル・ロールを溌剌と演じた本作も、彼女の代表作となった(トニー賞主演女優賞受賞)。リーは、「頭の中は演じる事だけ。全人生を舞台に捧げた人だった。おそらく、お湯も沸かせなかったんじゃないかしら(笑)」と回想する。

メリー・マーティンは、1965年に『ハロー・ドーリー!』のツアー公演で来日を果たした。

メリー・マーティンは、1965年に『ハロー・ドーリー!』のツアー公演で来日を果たした。

 

■2組のソングライター・チーム

 本作の大きな魅力が、聴くたびに童心に戻る事の出来る、シンプルで耳に馴染み易いミュージカル・ナンバーだ。奔放で自惚れ屋のピーターが歌う〈えばってやるぞ〉を始め、作品のハイライトとなる、心弾むフライング場面を盛り上げる〈飛んでる〉、ピーターと少年たちの〈大人にならない〉など、登場人物のキャラクターを活写した楽曲が揃っている。作詞作曲を手掛けたのは、新人のキャロリン・リー(作詞)とムース・シャーラップ(作曲)。特にシャーラップと仲が良かったリーは、彼の想い出をこう語る。

「1974年に、45歳の若さで亡くなってしまった。『ピーターパン』以外はヒット作に恵まれなかったので、過小評価されているのは残念だけれど、頭脳明晰な上にユーモア溢れる愛すべき人柄でね。その好もしいパーソナリティーが、曲にも表れていました」

フライング・シーン〈飛んでる〉のマーティンと子供たち。

フライング・シーン〈飛んでる〉のマーティンと子供たち。

 そして本作、もう一チームのソングライター・チームが参加している。それが、前述『オン・ザ・タウン』のベティ・カムデン&アドルフ・グリーン(作詞)と、『紳士は金髪がお好き』(1949年)のジューリィ・スタイン(作曲)。作品のテーマ曲となった、美しいバラード〈ネバーランド〉などを提供した。リーは続ける。

「実は『ピーターパン』は、ブロードウェイ入りする前の、サンフランシスコでのトライアウト(試演)の批評が芳しくなかったの。楽曲もテコ入れする事となって、ジューリィらベテランが急遽起用され、新曲を書き下ろした。作品を宣伝するためにも、既にヒット作に関わっていた彼らの名前が必要だったのでしょう。でも私は、バリーによる原作のピュアなエッセンスを的確に捉えていたのは、ムースとキャロリンの曲だったと思うわ」

リーは、スティーヴン・ソンドハイムの楽曲で綴るレヴュー『アワ・タイム』(2014年)などで、演出家としても高い評価を得ている。

リーは、スティーヴン・ソンドハイムの楽曲で綴るレヴュー『アワ・タイム』(2014年)などで、演出家としても高い評価を得ている。


 

■ピーターの寂寥感を歌に

 リーは、トライアウト時にカットされてしまった2人の楽曲を、「とても大切な曲だったので、未だに惜しんでいる」と語る。ピーターが歌う、〈僕が家に帰ったら(When I Went Home)〉というナンバーだ。

「生まれた日に両親の元を逃げ出し、大人にならないと誓ったピーターが、『久々に家に帰ったら、ドアには鍵がかかり窓が閉ざされていた。そして恐ろしい事に、僕のベッドには、他の男の子が眠っていた』と、彼の心に潜む孤独を歌うバラードでした。歌詞はバリーの原作から忠実に要約され、ムースの曲も美しかった。でもメリー・マーティンが、拍手が来なかったという理由でカットを決めてしまったの。観客は、心打たれて静まり返っていただけなのに」

〈僕が家に帰ったら〉を収録した「ロスト・イン・ボストン」(輸入盤)

〈僕が家に帰ったら〉を収録した「ロスト・イン・ボストン」(輸入盤)

 だがこのナンバー、それから40年後に初めて陽の目を見た。ブロードウェイ・ミュージカルのトライアウトの際に、割愛された楽曲で構成したCD「ロスト・イン・ボストン」(1994年)に収録されたのだ(NYに近いボストンは、トライアウト常用の地だった)。アルバムでは、女性歌手ミシェル・ニカストロが可憐な声を聴かせている。さらに、後述するTV版のニュー・バージョンで、2014年に放映された『ピーター・パン ライブ』でも歌われた。ただ製作陣が、この曲の重要性を理解したのはあっぱれだが、肝心の作品の仕上がりが騒々しくチープ。楽曲のメッセージが、視聴者に届かなかったのは惜しかった(2021年7月21日にWOWOWで放映予定)。
 

■発見された幻のTVバージョン

 ブロードウェイ初演は、ウィンター・ガーデン劇場で152回の限定公演。その後、本作の知名度を後々までキープしたのがTV版だった。これは舞台中継ではなく、複数のスタジオにセットを組み、マーティンら舞台のキャストが出演。まず、初演がクローズした直後の1955年に生放送でオンエアされ、その好評を受け翌56年に再度放映(これも生放送)、60年にはカラーでビデオ録画されたバージョンが放送された。60年版は以降も再放映を繰り返したが、リーによると「短時間で収録したため粗が多い。1956年版がベスト」との事。

TV版収録のブルーレイ(輸入盤/国内のブルーレイ・プレイヤーでも再生可)

TV版収録のブルーレイ(輸入盤/国内のブルーレイ・プレイヤーでも再生可)

 その1956年版は、キネスコープ(TV受像機を白黒フィルムで撮影したもの)が発見され、2015年にブルーレイでリリースされた。今観るとフライング技術などは未熟だが、マーティンのパフォーマンスは圧巻。ピーク時のブロードウェイのトップ・スターが、生涯の当たり役を演じる喜びが伝わって来る。特に〈えばってやるぞ〉や〈ネバーランド〉など、豊かな声量で歌い上げるナンバーが素晴らしい。加えてリーの〈インディアン・ダンス〉も、小柄な身体を駆使したパワフルかつ闊達な踊りが見事。一見の価値ありだ(特典映像で、1955年版も全編収録)。

公演情報

青山メインランドグループファンタジースペシャル
ブロードウェイミュージカル『ピーターパン』


<東京公演>
■日程:2021年7月22日(木・祝)~8月1日(日)
■会場:めぐろパーシモンホール 大ホール

 
<神奈川公演>
■日程:2021年8月7日(土)・8月8日(日)
■会場:相模女子大学グリーンホール 大ホール(相模原市文化会館)

 
■出演:
ピーターパン:吉柳咲良
フック船長・ダーリング氏:小西遼生
ウェンディ:美山加恋
ダーリング夫人:瀬戸カトリーヌ
タイガー・リリー:宮澤佐江

《海賊たち》
スミー:駒井健介
マリンズ:笠原竜司
ビル・ジュークス:中山 昇
スターキー:久礼悠介
セッコ:當間ローズ
ヌードラー:冨永 竜

《迷子たち》
トートルズ:石川鈴菜
ふたご1:大熊杏優
カーリー:澤田美紀
スライトリー:中野 歩
ニブス:なづ季澪
ふたご2:松崎美風

《森の住人たち》
井上弥子 加藤翔多郎
小石川茉莉愛 佐藤アンドレア
澤村 亮 仲野泰平
深瀬友梨 渡辺崇人
ジョン:津山晄士朗
マイケル:遠藤希子 君塚瑠華(Wキャスト)
ナナ:三浦莉奈

《スウィング》
倉澤雅美 福山健介 堀田羅粋

 
■原作:サー・ジェームズ・M・バリによる作品を元にしたミュージカル
■作詞:キャロリン・リー
■作曲:モリス(ムース)・チャーラップ
■潤色・訳詞:フジノサツコ
■演出:森新太郎

 
■翻訳:秋島百合子
■音楽監督・編曲:村井一帆
■美術:堀尾幸男
■照明:佐藤 啓
■音響:井上正弘
■衣裳:西原梨恵
■ヘアメイク:鎌田直樹
■振付:新海絵理子
■アクション:渥美 博
■フライング:松藤和弘
■歌唱指導:満田恵子
■演出助手:玉置千砂子 伴・眞里子
■稽古ピアノ:金森 大
■舞台監督:二瓶剛雄
■オーケストラコーディネート(東京公演のみ):新音楽協会
■エグゼクティブ・プロデューサー:堀 威夫
■公式サイト:https://horipro-stage.jp/stage/peterpan2021/
 

放送情報

『ピーター・パン ライブ』
 Peter Pan Live!

 
■放送チャンネル:WOWOWライブ
■放送日時:2021年7月21日(水)17:45
■収録日・収録場所:2014年12月4日/アメリカ・ニューヨーク州(NBC)

 
■出演:
アリソン・ウィリアムズ
クリストファー・ウォーケン
クリスチャン・ボール
ケリー・オハラ
テイラー・ラウダーマン

■製作総指揮:クレイグ・ゼイダン
■製作総指揮:ニール・メロン
■監督:ロブ・アシュフォード、グレン・ワイス

「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」連載一覧

■VOL.1 ヴォードヴィルについて https://spice.eplus.jp/articles/272803
■VOL.2 レヴューの帝王とオペレッタ https://spice.eplus.jp/articles/272837
■VOL.3 始まりは『ショウ・ボート』 https://spice.eplus.jp/articles/273021
■番外編 『ハウ・トゥー・サクシード』 https://spice.eplus.jp/articles/273692
■VOL.4 〈ホワイト・クリスマス〉を創った男(Part 1)https://spice.eplus.jp/articles/277083
■VOL.5 〈ホワイト・クリスマス〉を創った男(Part 2)https://spice.eplus.jp/articles/277297
■番外編 『23階の笑い』https://spice.eplus.jp/articles/278054
■VOL.6 クセがすごい伝説のエンタテイナーの話 https://spice.eplus.jp/articles/277650
■VOL.7 ガーシュウインの時代 https://spice.eplus.jp/articles/279332
■VOL.8 『ポーギーとベス』は傑作か? https://spice.eplus.jp/articles/280780
■番外編『屋根の上のヴァイオリン弾き』 https://spice.eplus.jp/articles/281247
■番外編 NTLive『フォリーズ』の見どころ https://spice.eplus.jp/articles/281886
■番外編 ブロードウェイにおける日系人パフォーマーの系譜 https://spice.eplus.jp/articles/282602
■番外編『メリリー・ウィー・ロール・アロング』 https://spice.eplus.jp/articles/284126
■VOL.9〈マイ・ファニー・ヴァレンタイン〉~華麗なるロジャーズ&ハートの世界 https://spice.eplus.jp/articles/284275
■VOL.10 ロジャーズ&ハマースタインの『オクラホマ!』革命 https://spice.eplus.jp/articles/284942
■VOL.11 オリジナル・キャスト・アルバムの変遷 https://spice.eplus.jp/articles/286545
■VOL.12 『回転木馬』の深層を探る https://spice.eplus.jp/articles/286701
■VOL.13 『オン・ザ・タウン』とバーンスタイン考 https://spice.eplus.jp/articles/287000
■VOL.14 伝説の大女優ガートルード・ローレンスについて https://spice.eplus.jp/articles/287522
■番外編『ピーターパン』を彩る珠玉の名曲と、初演のクリエイターたち https://spice.eplus.jp/articles/288946
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