空と海のように果てしなく深い祈りの世界 弘法大師生誕1250年記念 特別展『空海と真言の名宝』レポート

レポート
アート
2026.8.12
 国宝《五智如来坐像》平安時代 9世紀 京都・安祥寺蔵

国宝《五智如来坐像》平安時代 9世紀 京都・安祥寺蔵

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真言宗を開いた空海の生涯と密教の世界観、そして弘法大師信仰の歴史がここに。弘法大師の生誕1250年を記念する特別展『空海と真言の名宝』が、2026年9月6日(日)まで東京国立博物館で開催中だ。

本展は真言宗各派総大本山会の全面的な協力のもと、四国八十八ヶ所霊場にちなんだ88点の貴重な名宝が一堂に会する展示となった。研究員による専門的な解説を交えながら、見どころをレポートする。

密教と美術のつながりを紐解いて

会場入口には本展のキービジュアルであり、今回は特別な許可のもと展示されている《弘法大師坐像》がお出ましに。和歌山県金剛峯寺の本坊持仏間に安置されている、秘仏のご本尊だ。1250年、という千年を超える時の流れにまず圧倒される。空海はどんな生命でも救われるようにと祈り、教え、導いた。空海の人となりを知る、という視点で鑑賞に臨むのも面白い。

密教は非常に難解であると、空海自身が述べている。そのため、言葉だけで伝えず、イメージや造形の力を使って人々にその教えの真髄を説くものとして、密教と美術は深い関係にあった。

第1章 空海と真言密教 展示風景より  国宝《十二天屛風》 平安時代 建久2年(1191) 京都・教王護国寺[東寺]蔵 伊舎那天、帝釈天、火天:7月14日(火)~7月26日(日)展示

第1章 空海と真言密教 展示風景より  国宝《十二天屛風》 平安時代 建久2年(1191) 京都・教王護国寺[東寺]蔵 伊舎那天、帝釈天、火天:7月14日(火)~7月26日(日)展示

第1章 空海と真言密教 展示風景より

第1章 空海と真言密教 展示風景より

空海が若くして唐に渡ったとき、現地の師となった恵果は「私はあなたが来ると知っていた。そして長い間待っていた」と告げたという伝説がある。その選ばれた才能をもって短期間で密教を学んだ空海は、教えをびっしりと紙に書き記して帰国した。こうして完成した《三十帖冊子》は写経生たちも手伝ったものだが、行書体と梵字の大部分は空海の筆跡だとわかっている。1250年前に生まれた人の直筆、その重厚さと人間らしさに想いを馳せてみる。

国宝《三十帖冊子 第二十二帖》空海ほか筆 平安時代 9世紀 京都・仁和寺蔵

国宝《三十帖冊子 第二十二帖》空海ほか筆 平安時代 9世紀 京都・仁和寺蔵

密教美術は大きさが圧倒的。天皇や高位の貴族が行う密教の儀式は規模が大きく、広大な会場で行われたため、美術品もなおのこと巨大になったそうだ。「その大きさも密教の世界を体感する重要な概念の一つ」と研究員の古川攝一氏は説明する。

第1章 空海と真言密教 展示風景より

第1章 空海と真言密教 展示風景より

秘められた儀式「後七日御修法」、そして各派の名宝

仏教のさまざまな儀式の中には、一般に公開されていないものもある。その一つ「後七日御修法(ごしちにちみしほ)」は、空海の時代に宮中で年始の行事として、正月8日から14日まで行われていた儀式だ。本展ではその秘儀の世界に触れることができる。

前方だけでなく左右や背面からも鑑賞できる《聖観音菩薩・梵天・帝釈天立像(二間観音)》は3体1組の構成で、中央に聖観音菩薩、右に梵天、左に帝釈天が並び、「この3尊の組み合わせは他に類例がなく、大変珍しい」と研究員の増田政史氏は語る。非常に小さな像でありながら、精緻な截金や透かし彫りなど超絶ともいえる技巧が凝らされ、見応えがある。

重要文化財《聖観音菩薩・梵天・帝釈天立像(二間観音)》鎌倉時代 13世紀 京都・教王護国寺[東寺]蔵

重要文化財《聖観音菩薩・梵天・帝釈天立像(二間観音)》鎌倉時代 13世紀 京都・教王護国寺[東寺]蔵

続く第3章は、真言宗各派の名宝が勢揃い。文字通りお経の一字につき一つの仏を描いた《一字一仏法華経序品》は、その圧倒的な緻密さに目を見張る。これを描くためにどれほどの集中力を費やし、どれだけ熱心に祈りを捧げたのだろうか。

《仏説護諸童子陀羅尼経》は絵本のようにユーモラスな絵柄が愛らしく、誰でもわかりやすい形で密教を伝えようとした意欲が感じられて興味深い。

国宝《一字一仏法華経序品》(部分)平安時代 11世紀 香川・善通寺蔵

国宝《一字一仏法華経序品》(部分)平安時代 11世紀 香川・善通寺蔵

重要文化財《仏説護諸童子陀羅尼経》平安時代 12世紀 滋賀・石山寺蔵

重要文化財《仏説護諸童子陀羅尼経》平安時代 12世紀 滋賀・石山寺蔵

日本三大絵巻の一つにも数えられる国宝《信貴山縁起絵巻 飛倉巻》は見るべき名品だ。托鉢の鉢と蔵が一緒に飛んでいく奇想天外なエピソードは漫画のようで、驚く人々の表情には親しみを覚える。絵巻の終わりに鉢が展示されている、遊び心のある演出には思わず笑ってしまう。

国宝《信貴山縁起絵巻 飛倉巻》平安時代 12世紀 奈良・朝護孫子寺蔵【前期展示】

国宝《信貴山縁起絵巻 飛倉巻》平安時代 12世紀 奈良・朝護孫子寺蔵【前期展示】

重要文化財《金銅鉢》平安時代 延長7年(929) 奈良・朝護孫子寺蔵

重要文化財《金銅鉢》平安時代 延長7年(929) 奈良・朝護孫子寺蔵

絵画、彫刻、書跡、工芸など、さまざまな分野の真言の名宝を辿ることで、今まで密教に詳しくなかった人でもその世界の壮大な広がりを感じられるだろう。空海の伝えた密教、そして弘法大師信仰を体感できるまたとない展覧会だ。

第3章 真言宗各派の名宝 展示風景より  重要文化財《金銅塔鈴》、《金銅宝珠鈴》、《金銅五鈷鈴》、《金銅独鈷鈴》 いずれも鎌倉時代・13世紀 《金銅三鈷鈴(模造)》 江戸時代・17〜19世紀 すべて静岡・尊永寺蔵

第3章 真言宗各派の名宝 展示風景より  重要文化財《金銅塔鈴》、《金銅宝珠鈴》、《金銅五鈷鈴》、《金銅独鈷鈴》 いずれも鎌倉時代・13世紀 《金銅三鈷鈴(模造)》 江戸時代・17〜19世紀 すべて静岡・尊永寺蔵

特別展だからこそ見られる秘仏は必見

終盤の第4章には、真言宗各派に受け継がれてきた仏像の名品が集結する。その中でも見どころの一つが秘仏である。開扉される期間や、秘密にされている理由など、秘仏とされる所以は千差万別。本展で特別公開された9件11体の秘仏は、どれも特別な威厳や美しさを感じられる。

国宝《薬師如来坐像》円勢・長円作 平安時代 康和5年(1103) 京都・仁和寺蔵

国宝《薬師如来坐像》円勢・長円作 平安時代 康和5年(1103) 京都・仁和寺蔵

「顔や腕が多いなど、人を圧倒するような仏様の姿は密教の特色」と説明するのは研究員の古川氏。その特徴がよく現れた重要文化財《十一面観音菩薩立像》には、ぎょっとしつつも見入ってしまう迫力がある。頭が大きく下半身が華奢という、仏像の中でもアンバランスなプロポーションで、自ずと顔に視線が集中する。

この像は、三重県伊賀市にある観菩提寺の本堂・正月堂のご本尊として安置されており、33年に一度だけ開扉されるため、滅多にお目にかかることはできない。頭上に11面を戴き、6本の腕がある大変珍しい像で、経典や図録でもなかなか見られない構造だそうだ。畏怖の念を覚えるような顔立ちや姿は、仏像愛好家の間でも有名らしい。

重要文化財《十一面観音菩薩立像》(部分)平安時代 9~10世紀 三重・観菩提寺蔵

重要文化財《十一面観音菩薩立像》(部分)平安時代 9~10世紀 三重・観菩提寺蔵

仏像の中で「天弓愛染」と《五智如来坐像》は、特別にフォトスポットとして撮影を楽しめるようになっている。天弓愛染こと《愛染明王坐像》は、その不思議な造形が魅力。通常は右両手で弓矢を構えるのが典型的だが、この像は顔の前で弓矢を構え、天を見上げるかのような姿をしている。そのため「天弓愛染」というニックネームで親しまれるようになった。

重要文化財《愛染明王坐像》平安時代 12世紀 山梨・放光寺蔵

重要文化財《愛染明王坐像》平安時代 12世紀 山梨・放光寺蔵

京都・安祥寺の《五智如来坐像》は、空海の名前から連想した「空」「海」の穏やかなブルーを背景に、金色の姿がこの上なく映えている。大日如来を中心に阿閦如来、宝生如来、阿弥陀如来、不空成就如来が並ぶ構成になっており、児島氏も「ふくよかで丸々としたかわいらしいお姿」と表現する優しげな雰囲気が心を和ませる。

国宝《五智如来坐像》平安時代 9世紀 京都・安祥寺蔵

国宝《五智如来坐像》平安時代 9世紀 京都・安祥寺蔵

文化財の展示を通じて、空海の思想と密教の世界観を体感できる貴重な機会をお見逃しなく。研究者でも滅多に目にすることのできない名宝が一堂に会し、真言密教の奥深い世界への入門となるだろう。弘法大師生誕1250年記念 特別展『空海と真言の名宝』は9月6日(日)まで、東京国立博物館にて開催中。

文・写真=さつま瑠璃

イベント情報

弘法大師生誕1250年記念 特別展『空海と真言の名宝』
◆日程:2026年7月14日(火)〜9月6日(日)
*会期中、一部作品の展示替えを行います。
◆時間:9:30〜17:00
*毎週金・土曜日は20:00まで
*入館は閉館の30分前まで
◆休館日:月曜日(ただし、8月31日(月)は開館)
*8月10日(月)は東京国立博物館の東博コレクション展(平常展)は開館ですが、本展は閉室しております。
*8月31日(月)は開館するのは本展のみとなります。東博コレクション展(平常展)はご覧いただけません。また館内の他施設もご利用いただけませんので予めご了承ください。
◆会場:東京都台東区上野公園13-9 東京国立博物館 平成館
◆入場料:
[当日]一般 2300円 / 大学生 1300円 / 高校生 900円
※中学生以下、障がい者とその介護者1名は無料。入館の際は要証明書提示
◆主催:東京国立博物館、真言宗各派総大本山会、読売新聞社、NHK、NHKプロモーション
◆特別協賛:キヤノン、大和証券グループ、大和ハウス工業、T&D保険グループ
◆協賛:JR東日本、清水建設、竹中工務店、三井住友銀行、三井不動産、三菱ガス化学、三菱地所、明治ホールディングス
◆特別協力:文化庁
◆協力:SGC、光村印刷、非破壊検査
◆お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)午前9時~午後8時/年中無休
◆展覧会公式サイト:https://tsumugu.yomiuri.co.jp/kukai2026/
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