ジュディ・ガーランド生誕100年記念(Part 8)代表曲26曲が、高音質のステレオ録音で甦る!~「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」番外編

コラム
舞台
2022.6.14
ジュディ・ガーランド生誕100年を記念し、新たにリリースされたCD「ジュディ・アット・100/26クラシックス・イン・ステレオ」(Hit Parade Recordsよりリリース)

ジュディ・ガーランド生誕100年を記念し、新たにリリースされたCD「ジュディ・アット・100/26クラシックス・イン・ステレオ」(Hit Parade Recordsよりリリース)

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ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story [番外編]
ジュディ・ガーランド生誕100年記念(Part 8)代表曲26曲が、高音質のステレオ録音で甦る!

文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 今年2022年に生誕100年を迎えた、アメリカのショウビズを代表する天才エンタテイナー、ジュディ・ガーランド(1922~69年)。Part 3~7では、ユニバーサル ミュージックから6月8日に発売されたCDを紹介したが、遂に本国アメリカでも動きあり。十八番曲26曲を網羅したアルバム「ジュディ・アット・100/26クラシックス・イン・ステレオ」が、6月3日にリリースされた。ただしこのCD、通常のベスト盤にあらず。全曲ステレオ録音にリマスターされ、音質が向上したファン必携の一枚なのだ(収録時間80分)。早速聴きどころに迫ろう。

「オズの魔法使」(1939年)で〈虹の彼方に〉を歌うシーン Photo Courtesy of Scott Brogan

「オズの魔法使」(1939年)で〈虹の彼方に〉を歌うシーン Photo Courtesy of Scott Brogan


 

■ステレオとモノラルについて

 「ステレオ録音」と言っても、現在殆どの音楽がステレオ録音なので比較が難しいが、ガーランドが映画に主演した1930~50年代はモノラル録音が主流。単一でやや平板な、広がりに欠けるサウンドだった(現在は、イヤホンを片耳に入れて聴くトランジスタラジオがモノラル)。ガーランドの場合、初のステレオ・アルバムが、1958年録音の名盤「ジュディ・イン・ラヴ」(本連載Part 6参照)。それ以前で現存するレコーディングは、概ねモノラルだった。

レコーディング中のガーランド(1937年) Photo Courtesy of Scott Brogan

レコーディング中のガーランド(1937年) Photo Courtesy of Scott Brogan

 今回この古い音源を、最新鋭の技術でステレオに変換し、彼女の名唱が復活した。プロセスを簡単に説明しよう。まずモノラル音源の周波数を解析し、ヴォーカルはもちろん、ドラムスやベースなど楽器の音をそれぞれ別個に抽出。その複数の音源を、音のバランスに細心の注意を払いながら、エンジニアがステレオにミキシングするという、手間の掛かる作業だった。だが結果は良好で、モノラル録音では得られなかった音の奥行と臨場感を楽しむ事が出来る。
 

■弾むようなガーランド版〈雨に唄えば〉

 Part 3~7で特集したレコーディングは、ガーランドがキャピトル・レコードの専属だった時期のもの(1955~65年)。いわば円熟期の録音だ。「ジュディ・アット・100」には、彼女が「オズの魔法使」(1939年)でスターの座を掴んで以降、MGM映画時代の歌唱がたっぷり収録されている。「オズ~」で歌い生涯のテーマ曲となった〈虹の彼方に〉に始まり、「踊る不夜城」(1937年)の〈ユー・メイド・ミー・ラヴ・ユー〉などでアイドル的人気を誇った少女歌手が、着実に表現力を伸ばし、ヴォーカリストとして成長する過程が分かり興味は尽きない。

クラーク・ゲーブルの大ファンという設定で、彼の写真に向かって〈ユー・メイド・ミー・ラヴ・ユー〉を歌いかける(「踊る不夜城」より)。 Photo Courtesy of Scott Brogan

クラーク・ゲーブルの大ファンという設定で、彼の写真に向かって〈ユー・メイド・ミー・ラヴ・ユー〉を歌いかける(「踊る不夜城」より)。 Photo Courtesy of Scott Brogan

 特筆すべきは、ジャジーにスウィングするナンバーだ。ベストは、「リトル・ネリー・ケリー」(1941年/日本未公開)の〈雨に唄えば〉。ジーン・ケリーの主演作(1952年)のタイトル・ソングでおなじみだが、作曲されたのは1929年の古い楽曲だった。ガーランドは、ビッグバンドの伴奏に乗って伸び伸びと歌っており、生まれ持った天性のリズム感がヴォーカルに息づいている。さて、ここで威力を発揮するのが前述のステレオ・リマスターだ。躍動感溢れるヴィヴィッドなサウンドが、ガーランドの歌唱を一層引き立てる。

「リトル・ネリー・ケリー」(1941年)で〈雨に唄えば〉を歌う場面 Photo Courtesy of Scott Brogan

「リトル・ネリー・ケリー」(1941年)で〈雨に唄えば〉を歌う場面 Photo Courtesy of Scott Brogan

 

■エンタテイナーの真価を再認識

「グッド・オールド・サマータイム」(1949年)で、エネルギッシュに〈アイ・ドント・ケア〉を歌い踊る。 Photo Courtesy of Scott Brogan

「グッド・オールド・サマータイム」(1949年)で、エネルギッシュに〈アイ・ドント・ケア〉を歌い踊る。 Photo Courtesy of Scott Brogan

 他にもミュージカル女優の本領をフルに発揮した、「ハーヴェイ・ガールズ」(1946年)の〈サンタフェ鉄道に乗って〉や、「グッド・オールド・サマータイム」(1949年)の〈アイ・ドント・ケア〉、MGM時代屈指の傑作ナンバーとなった、「サマー・ストック」(1950年)の〈ゲット・ハッピー〉なども、ステレオ音響のおかげで、天才エンタテイナーと謳われた彼女の力量を改めて実感出来る(この3作は日本未公開に終わったが、後にDVDでリリース)。

「ハーヴェイ・ガールズ」(1946年)の〈サンタフェ鉄道に乗って〉は、アカデミー賞主題歌賞を受賞した。 Photo Courtesy of Scott Brogan

「ハーヴェイ・ガールズ」(1946年)の〈サンタフェ鉄道に乗って〉は、アカデミー賞主題歌賞を受賞した。 Photo Courtesy of Scott Brogan

 一方、キャピトルのレコーディングからも9曲収録。Part 5で取り上げた「アローン」(1957年)のようなモノラル音源の録音も、ゴードン・ジェンキンス編曲の繊細なタッチを損なわぬよう丁寧にリマスターされており、〈バイ・マイセルフ〉や〈私と影〉を立体的な音響で堪能出来る。加えて、前に触れた「ジュディ・イン・ラヴ」や、Part 7で特集した「ザッツ・エンタテインメント!」(1960年)のように、元々ステレオで録音されたアルバムのナンバーも収められた。こちらは、「更なる音質の改良を目指した」との事。正直、大きな差は感じられなかったが、敢えて言えば、全体的に音がタイトにまとまった印象か。

「サマー・ストック」(1950年)より、〈ゲット・ハッピー〉の撮影風景 Photo Courtesy of Scott Brogan

「サマー・ストック」(1950年)より、〈ゲット・ハッピー〉の撮影風景 Photo Courtesy of Scott Brogan


 

■必聴!「ジュディ・ガーランド・ショウ」のサントラ

 そして「ジュディ・アット・100」の白眉が、ガーランド初のレギュラー番組「ジュディ・ガーランド・ショウ」(1963~64年)からの3曲だ。まずは、バーブラ・ストライザンドと歌う〈幸せな日々が今再び/ゲット・ハッピー〉が素晴らしい。ガーランドは、バーブラがブロードウェイで『ファニー・ガール』(1964年)に主演しブレイクする以前から、卓越した歌唱力を高く評価しており、番組のゲストに招いた。デュエットではいつもの声を抑え、ひたすらバーブラを引き立てて歌っており、その母親のような大らかな愛情と寛大さに胸を打たれる。

バーブラ・ストライザンドと(1963年) Photo Courtesy of Scott Brogan

バーブラ・ストライザンドと(1963年) Photo Courtesy of Scott Brogan

 テレビ史に残るパフォーマンスとなったのが、〈リパブリック讃歌〉。南北戦争の時代から歌い継がれる愛国歌だ。ガーランドはこの曲を、1963年11月22日にダラスで射殺された、ジョン・F・ケネディ大統領に捧げた。公私共に親しかったのだ。ところが局の首脳陣は、番組に政治色が出る事を恐れ、追悼案を却下。しかし彼女は押し切った。収録は大統領逝去の翌月。曲の前置きでは大統領の名前は一切述べずに、「♪我が目は主が降臨される栄光を見た」と歌い出す。やがて、怒りと悲しみにくれる国民の心情を代弁し、また自らを鼓舞するかのようにガーランドの声は熱を帯び、「♪グローリー、グローリー、ハレルーヤ!」と歌い上げる一世一代の名唱を披露した。歌い終わるとスタジオの観客は総立ちで、泣きながら喝采を送ったという。

ジョン・F・ケネディと(1960年7月、選挙資金調達のパーティーで) Photo Courtesy of Scott Brogan

ジョン・F・ケネディと(1960年7月、選挙資金調達のパーティーで) Photo Courtesy of Scott Brogan

 3曲目の〈オール・マン・リヴァー〉は、ブロードウェイ・ミュージカルの礎となった名作『ショウ・ボート』(1927年)の代表曲。黒人荷役が「生きる事に疲れたが死ぬのは怖い」と嘆く黒人霊歌風の楽曲で、女性歌手が歌うのは珍しい。ガーランドは、スケールの大きい堂々たる演唱でドラマティックに盛り上げている。なお本CDをプロデュースしたのは、ビル・バスターとスコット・ブローガンの2人。ブローガンは1999年に、ガーランドのファン・サイト「The Judy Room」https://www.thejudyroom.com を立ち上げた世界有数のコレクターで、本連載の掲載写真は、彼の膨大なコレクションから提供して頂いた。「ジュディ・アット・100」は、アマゾンやタワーレコードのオンラインショップから入手可能だ(輸入盤/価格は¥2,400前後)。

ガーランドのファン・サイト

「The Judy Room」https://www.thejudyroom.com

「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」連載一覧

■VOL.1 ヴォードヴィルについて https://spice.eplus.jp/articles/272803
■VOL.2 レヴューの帝王とオペレッタ https://spice.eplus.jp/articles/272837
■VOL.3 始まりは『ショウ・ボート』 https://spice.eplus.jp/articles/273021
■番外編『ハウ・トゥー・サクシード』 https://spice.eplus.jp/articles/273692
■VOL.4〈ホワイト・クリスマス〉を創った男(Part 1)https://spice.eplus.jp/articles/277083
■VOL.5〈ホワイト・クリスマス〉を創った男(Part 2)https://spice.eplus.jp/articles/277297
■番外編『23階の笑い』https://spice.eplus.jp/articles/278054
■VOL.6 クセがすごい伝説のエンタテイナーの話 https://spice.eplus.jp/articles/277650
■VOL.7 ガーシュウインの時代 https://spice.eplus.jp/articles/279332
■VOL.8 『ポーギーとベス』は傑作か? https://spice.eplus.jp/articles/280780
■番外編『屋根の上のヴァイオリン弾き』 https://spice.eplus.jp/articles/281247
■番外編 NTLive『フォリーズ』の見どころ https://spice.eplus.jp/articles/281886
■番外編 ブロードウェイにおける日系人パフォーマーの系譜 https://spice.eplus.jp/articles/282602
■番外編『メリリー・ウィー・ロール・アロング』 https://spice.eplus.jp/articles/284126
■番外編『メリリー~』の楽曲を紐解く https://spice.eplus.jp/articles/287784
■VOL.9 華麗なるロジャーズ&ハートの世界 https://spice.eplus.jp/articles/284275
■VOL.10 ロジャーズ&ハマースタインの『オクラホマ!』革命 https://spice.eplus.jp/articles/284942
■VOL.11 オリジナル・キャスト・アルバムの変遷 https://spice.eplus.jp/articles/286545
■VOL.12『回転木馬』の深層を探る https://spice.eplus.jp/articles/286701
■VOL.13『オン・ザ・タウン』とバーンスタイン考 https://spice.eplus.jp/articles/287000
■VOL.14 伝説の大女優ガートルード・ローレンスについて https://spice.eplus.jp/articles/287522
■番外編 『ピーターパン』を彩る珠玉の名曲と… https://spice.eplus.jp/articles/288946
■VOL.15 伝記映画に見る作詞作曲家コール・ポーター… https://spice.eplus.jp/articles/291617
■VOL.16 極彩色の映画版『南太平洋』と… https://spice.eplus.jp/articles/292019
■VOL.17『フィニアン 虹』で楽しむアステアの至芸と… https://spice.eplus.jp/articles/292610
■番外編 『マイ・フェア・レディ』特集 https://spice.eplus.jp/articles/294067
■番外編 チタ・リヴェラ・スペシャル https://spice.eplus.jp/articles/293721
■VOL.18 映画版『ブリガドーン』とジーン・ケリーの… https://spice.eplus.jp/articles/294703
■番外編 ダニー・バースティンが語るソンドハイム https://spice.eplus.jp/articles/296123
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■番外編 ブロードウェイで最も愛されたダンサー https://spice.eplus.jp/articles/297132
■VOL.19 『紳士は金髪がお好き』のマリリン・モンローと… https://spice.eplus.jp/articles/298356
■VOL.20 「上流社会」で堪能する、コール・ポーターの… https://spice.eplus.jp/articles/298686
■番外編 ジェリー・ハーマンの生涯と『ラ・カージュ・オ・フォール』https://spice.eplus.jp/articles/299113
■VOL.21 知られざる『ザ・ミュージックマン』https://spice.eplus.jp/articles/299941
■VOL.22『フラワー・ドラム・ソング』の奇蹟 https://spice.eplus.jp/articles/300074
■VOL.23 作曲家ジューリィ・スタインと、彼の最高傑作『ジプシー』https://spice.eplus.jp/articles/301428
■VOL.24 トリビア・ネタで綴る『サウンド・オブ・ミュージック』https://spice.eplus.jp/articles/303726
■番外編 ジュディ・ガーランド生誕100年記念(Part 1)https://spice.eplus.jp/articles/297225
■番外編 ジュディ・ガーランド生誕100年記念(Part 3)https://spice.eplus.jp/articles/302137
■番外編 ジュディ・ガーランド生誕100年記念(Part 2)https://spice.eplus.jp/articles/301107
■番外編 ジュディ・ガーランド生誕100年記念(Part 4)https://spice.eplus.jp/articles/302259
■番外編 ジュディ・ガーランド生誕100年記念(Part 5)https://spice.eplus.jp/articles/302688
■番外編 ジュディ・ガーランド生誕100年記念(Part 6)https://spice.eplus.jp/articles/302998
■番外編 ジュディ・ガーランド生誕100年記念(Part 7)https://spice.eplus.jp/articles/303385
■番外編 ジュディ・ガーランド生誕100年記念(Part 8)https://spice.eplus.jp/articles/303678
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